前回の記述から、早二カ月が経っている。
6月の間は何もないと言えば何もなかったのだが、ただ特別な日は確かにあった。それはきっと思い返せばいつだって特別であり、もしかしたら自分の土台になるものかもしれない。
何度このような過ちを繰り返すのだろう。ものすごく鮮明で長いデジャブを見ているようで、この日々に恐怖すら感じる。たくさんの人と関わり世界に彩が加えられたのは間違いないのだが、ここ最近は自分が面倒な性格だと改めて思った。自分はどう転んだとて孤独を感じる性格であるそうで、それでも、うわべで付き合いを広げ、特に何も抱えていないように見せるのが上手いらしい。何度も何度も、繰り返し繰り返し、こんな状態で会話を続けいつか自分は折れるだろうと予想している。
ここ最近近しい間柄で増えている、恋愛の話。
自分にはどこか関係なくどうでもよい話だが、あれだけ話されると少し考えてしまう。ただ結論はすぐに出た。
自分は人の一番にはなれない。
自分は根本的に人に興味が持てないらしい。持ったとしても、継続はしないらしい。だから自分には親友は出来ない。そして、恋人は出来ない。人に興味を持たない人間が、人から興味を持たれるわけがない。その結論が出た瞬間、もう恋愛の思考は自分の頭から消えた。どうもむなしい生き物と自分でも思ってしまうが、仕方のないことか
自分は何も変わっちゃいない
自分の頭の中ですべて解決し、結論付ける。今まで一人しかいなかったのだから、仕方ないのだがここ最近、ひどくむなしく見える。自分が必死に人にしゃべりかけようとしている様がひどく滑稽で、くだらない。何のためにしゃべっているのか。
自分を気にしてくれる存在はいない。その事実が分かった瞬間、軽くなった肩の荷の代わりに、ひどく重い何かが、心にのしかかってきた。わかっていた、わかっていたのだが。いざまた再び痛感すると、足が重たくなる。
これが19年半年経った後の成果だ。
ほんと笑ってしまう。自分には何もないのに、きっと周りからは恵まれているやつ、一人ではない奴と評価されるだろう。理解されないこの性格はひどく生きづらい。がこの性格をもったものは人に理解されることも拒むみたいだ。
ほんと面倒なやつ