明治4年の中絶後、明治17年に再興した人物は誰か?
平安期以降、
葵祭が初めて途絶えたのは応仁の乱後、
朝廷が衰微した中世の事で、
文亀2年から200年近い中絶期間がある。
次に途絶えたのは明治維新の影響で、
都が東京に遷都された事や社家制度の廃止など
時代は激動し、明治4年から再び中絶となった。
これを再興すべく尽力したのは岩倉具視である。
明治新政府に対し、「即位・大嘗・立后ノ三礼」を
京都で行う事に加え「賀茂祭旧儀再興ノ事」を提言し、
現在の新暦に定められた官祭として復活を果たした。