ハイドン:交響曲第101番『時計』 | angsyally1112のブログ

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ハイドン:
交響曲第101番ニ長調 Hob.I:101
『時計』


多分、ハイドン交響曲の中で、一番有名な曲でしょう。
この曲ならば私も昔から何枚かのCDを持っていました。
『ロンドンセット』を順に聴くに連れ、所有するCDが増え続け、この曲のCDは、
ドラティ、フィッシャー、デニス・ラッセル・ディビス、
カラヤン、パイヤール、フリッチャイ、コリン・ディビス、ヨッフム、ハワード・シェリー、ビーチャム、ピエール・モントゥ、オットー・クレンペラー、フリッツ・ライナー、ヘルビッツ、バーンスタイン、
の多分14枚、その他に現在数枚のCDを発注しています。
この中にはクレンペラー盤、ピエール・モントゥ盤、フリッツ・ライナー盤といった超有名な歴史的名盤の類いも含まれています。

でも、この曲をじっくり聴くのは初めてです。
果たして、前作の第100番を超えているのかと聴き始めましたが、直ぐにこの曲が、今まで聴いたハイドン交響曲のどれよりも、力と創意に溢れた曲だと理解できました。(実際は第100番の方が、完成は後との情報もあります。)
両端の第1、第4楽章の凝縮された激しい緊張感、
有名な第2楽章のAndante
今までに無い創意に満ちた雄大なメヌエット、
どこをとってもほとばしる情感に溢れた物凄い交響曲です。
ベートーヴェンへの橋渡しなどという稚拙な理解の曲ではなく、全く違う20世紀に繋がる永遠の名曲です。

先ず最初に聴いたのは、フリッツ・ライナー盤です。
第1楽章を聴いてもうこの演奏だけで充分ではないか、それ位に感動しました。
しかし、第2楽章でつまづきました。
初心者のような私ですが、この曲へのこだわりのようなものを持っています。
原体験は、フリッチャイ盤です。
もう随分と昔ですがその演奏の第2楽章最終変奏の爆発的な迫力に圧倒されました。
ベートーヴェンの『英雄交響曲』最終楽章最終部のマーチに劣らないイメージを抱き続けていました。
今、フリッチャイ盤を聴き直しても、残念ながらその時程の感銘は感じません。
そこで、私は自分なりのイメージを満喫させてくれる『時計』を探し求める事にしました。
多分タイムはテーマのリピート可否によって変わりますが、7分20秒位から8分台位迄が理想的のようです。

結果、上記の14種のディスクでは、遅すぎたり速すぎたりで、私の満足できる演奏は一つもありませんでした。
何の為に多くのCDを購入したのでしょうか?

そこで、NAXOSミュージックライブラリーで検索しながら、適当に何点かのCDも入手しました。
もちろん、無数の『時計』のディスクの中ではまだまだ極一部なのでしょう。

ハイドン:
交響曲 第101番 ニ長調『時計』
スコットランド室内管弦楽団
レイモンド・レッパード(指揮)
1982~1983年録音

今回新たに入手した1枚です。
今回も数多くの『時計』を聴いてきました。
その結果でしょうか?私の耳もこの曲に馴染んできました。
多くの演奏の中でこの盤は、最も標準的と言っても良い位に素晴らしい演奏です。
とてもスッキリしたバランスと見通しの良いサウンドです。
第2楽章は、誰もが『時計』にイメージするサウンドそのものです。
理知的、それでいてメリハリの聴いた自然なハイドンです。この演奏だけで『時計』は卒業しても良いくらい気持ちの良い演奏です。


ハイドン:
・交響曲 第94番 ト長調『驚愕』
・交響曲 第101番 ニ長調『時計』
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
カール・リヒター(指揮)
録音:1961年(ステレオ)


誠に峻厳で威厳に満ちた大迫力の『時計』です。
カラヤンとは随分違うベルリン・フィルの硬質な鋼のようなサウンドが容赦なく降り注ぎます。
それでいて、第2楽章の変奏毎に微妙に変化する繊細なニュアンスは、誠に深遠な感動を与えてくれます。ベルリン・フィルが精密機械のようにリヒターの棒に敏感に反応して行きます。
リヒターのバッハ『マタイ受難曲』を彷彿とさせる演奏です。
NMLのライブラリーで聴いて直ぐにCDを入手しました。

私は、この演奏を編集ソフトを使って、更に自分なりの好みの演奏へ変換しました。
1、第1楽章呈示部を繰り返す。
2、第2楽章から第3、第4楽章迄のゲインを約1割上げる。(第1楽章に比べて他の楽章の録音音量レベルが低い為です。)
3、第2楽章最終変奏ゲインを更に約1割上げる。その際バランスの悪い右側をより大きめにしてバランスをとる。

以上の改善(改悪?)によって、誠に異様なまでに緊張感とパワーに満ちた『時計』に進化しました。
多分、本来はこのようなサウンドであったと勝手に想像しています。録音、編集の過程で今のサウンドになったのではと。
正に身震いする程に衝撃的なハイドンです。これぞ私の求めるハイドンサウンドです。
フルオーケストラの『時計』は、今の私にはこれだけで充分です。


交響曲第101番 ニ長調「時計」 Hob.I:101
• モスクワ室内管弦楽団 
• 指揮:ルドルフ・バルシャイ 
録音1960年代


文句無しの超ハイテンションサウンド!もうこれ以上の『時計』は考えられない位です。
モーツァルトの交響曲の演奏(第25番や第40番)ではしつこく感じた楽譜通りの繰り返しが、このハイドンでは誠に喜ばしい。当時の録音としては異例の提示部の繰り返しです。
急遽、バルシャイのハイドン(6曲)を入手しましたが、この101番と第47番は現在入手不可です。以前はDENONレーベルで出ていたようですが。私はNMLのストリーミングで聴くしかありません。
同じ室内管弦楽団のレッパード盤と比較すればその違いは歴然、激しく叫び上げるサウンドは、『もうどうとともなれー!!』というように興奮させます。
ハイドンの底知れぬ悪魔的なパワーは、余り他の作曲家では体験できません。自らの身体が震えて音を出して行くのです。
『慈愛』と『愉悦感』の作曲家というパパハイドンの既成イメージは今はどこかへ吹っ飛んでいます。
この『時計』は、多分最初に聴いてはいけない演奏でしょう。
最初は、やはり最もスタンダードに聴こえるレッパード盤ですね。


交響曲第101番ニ長調 Hob.I:101『時計』
アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(アカデミー室内管弦楽団)
サー・ネヴィル・マリナー(指揮)
録音:1977年10月


この演奏もNMLライブラリーで聴いてCDを入手しました。

とても愉悦感満載の『時計』です。そして燃え上がるような力に溢れた美しい演奏でもあります。多分、誰もが楽しめる演奏です。




交響曲第101番 ニ長調「時計」 Hob.I:101
• コレギウム・ムジクム90 - Collegium Musicum 90
• リチャード・ヒコックス - Richard Hickox (指揮)
録音: 27–29 January 2000


新しい演奏(とは言ってももう20年以上前の録音ですが、)では、特にお気に入りの演奏です。古楽器の演奏ですが、激しい情念に満ちたサウンドです。
飯森範親の盤も素晴らしいのですが、このヒコックス盤に比べるとおとなしいサウンドです。


ハイドン:交響曲第101番『時計』
ニューヨーク・フィルハーモニック
レナード・バーンスタイン(指揮)
1970年録音


もう一度所有するCDを聴き直して見つけました。
どこを切っても熱い血がほとばしるような激しい『時計』です。
さすがにバーンスタイン、見直しました。
『ロンドンセット』に入って以来ここのところ軽視していました。
これは、物凄い演奏だったのですね。
いきなりザクザクと奇声を上げる弦楽器群にもう降参です。
第2楽章も理想的な盛り上がりです。
私にとって、リヒター盤と並んでフルオーケストラの名盤です。

『時計』と言えば古典派を代表する名曲として有名な交響曲です。
この曲に抱いていたイメージは、今回の体験によって180度変わってしまいました。
愉悦感満載の慈愛に満ちたハイドン『時計』像をもとめるならば、マリナー盤を除いて他の演奏を選択する方が良いのではと思います。
フリッツ・ライナー盤、トーマス・ビーチャム盤、ピエール・モントゥ盤、カラヤン盤、クレンペラー盤、ヘルビッヒ盤、コリン・ディビス盤等がふさわしいのでしょう。
私の求めるハイドン像とは違っていますが。




ヘッドホンは、BeyerdynamicT-1バランス接続とDENON AH-D5000バランス接続を使いました。