阿列(あれつ)。丘と丘の狭間(はざま)で正対する。

「その旗。梁山泊(りょうざんぱく)に同心したか、胡土児(コトジ)

「俺は、何者でもない」

 阿列はじっと胡土児を見つめてきた。阿列の眼が、光を湛えていた。

「一騎打ちで勝負をつけに来たのか?これ以上部下を死なせまいとする、かつての(しょう)桂材(けいざい)殿と岳飛(がくひ)のように」

 契丹(きったん)族の阿列にとって、簫桂材は英雄そのものだ。その眼の光は、武人としての覚悟の表れなのか。しかし胡土児は、決してそうではないと感じた。

「お前が望むならそうしてもいいが、俺はこれ以上、お前と戦いたいとは思わない。阿列」

 阿列の眼が、微かに動いた。

「ならば、何をしにここへ」

「そう息巻くなよ、阿列。お互い馬は限界に近い。少し話をするくらいの(いとま)は、あるだろう」

 阿列が微かに笑った。胡土児は、丘の上でこちらを見守る黒騎兵に目を向けた。

「見事な騎馬隊だ。しかしただ、哀しい」

「兵だ、胡土児。哀しみもなく剣を振るう兵など、俺は必要としていない」

「俺の騎馬隊は違うぞ、阿列。剣を振るいながら、常に光を胸に抱いていた」

「綺麗ごとだ、胡土児。だから梁山泊は消えたのだ。志で世を変えることなど、できはしない。唯一、楊令(ようれい)が帝になっていれば中華は変わっただろうが、楊令はそれを、拒んだ」

「たとえ楊令が帝になったとしても、世は変わらなかっただろうな」

「何故そう思う。まるで変えるべきものが何か、分かっているような言い方だ」

 胡土児は(すい)(もう)(けん)を抜き放ち、鞘に納めた。阿列と胡土児の具足が、地に落ちた。

「少なくともこの吹毛剣では、何も変えられない」

 胡土児は吹毛剣の鞘を、少し持ち上げた。

「武を放棄するのか?それこそ歴史に対する冒涜だ、胡土児。人が戦を()めることはできない。戦という苦しみの中で、己の生きる道を懸命に模索するのだ」

「阿列。それを民草に説くのか?皆が皆、お前のように強くはないのだぞ」

「胡土児、俺は施政者ではない。お前もそうだろう。民に語るために、俺は軍を率いているのではない」

「阿列、そうやって皆が己が立場を理由に、考えることをやめたのだ。哀しみの源が、そこにはある」

 阿列が眼を閉じた。阿列の眼に湛えられていたものが、阿列の躰の中で(うごめ)く。胡土児にはそれがはっきりと感じられた。そして阿列は、ゆっくりと目を開いた。

「胡土児、お前に頼みがある。聞いてくれるか」

「言ってみろ。阿列」

「俺は今から、(かい)(りょう)(おう)を討ちに行く。できれば、手を貸してほしい」

 阿列がそう言うと、胡土児がにやりと笑った。

「お前ひとりでも十分だろう。だが、共に駆けてみよう。それで見えてくるものも、あるはずだ」

 阿列が頷いた。

「それにしてもお前、本当に胡土児か?俺の知る胡土児とは、少し違う気がする」

「言っただろう。俺は、何者でもない」

「それに、呼延凌(こえんりょう)殿と(しん)(よう)殿が」

「気にするな。むしろ二人とも、お前の決断を喜ぶだろう」

 阿列が、胡土児の眼を見つめた。

「わかった。では一刻後に、()つ」

 二人は頷くと、同時に馬を返した。