()(いん)(ぶん)殿、あれは?」

「準備に手間取ったようだが、ようやく整ったようだ。張朔(ちょうさく)殿、あの二隻には、船尾に梁山砲を据え付けてある」

「なんと」

 張朔が船尾楼から身を乗り出してみてみると、確かに船尾に黒い砲身が見えた。それに何人もの兵士が取りついている。

 その兵士たちは、砲に弾を込めたり、砲身の角度を調整したりしている。投石器の攻撃で、長江に波が立ち、少し苦労している様にも見える。

 前方に目を向けると、大型船が陸に向けて、進んでいた。なんとか陸に付けようとしているが、燃えて傾く船に進路を阻まれ、思うように進めないでいる。

 波が少し落ち着き、船が安定した。

「目標、前方の大型船。撃て」

 虞允文の号令で、左右の船の梁山砲が火を噴いた。

 轟音と衝撃が張朔の身体を打った。それは身体の芯まで響いてきた。

 左の砲弾は、大型船の少し上を通り過ぎた。右の砲弾が船尾楼の下の舷側に命中した。

 砲弾は船内に吸い込まれるように消え、次の瞬間、爆音と共に船全体が一瞬膨れ上がったようになり、砲弾が空けた穴から、火柱が噴き出した。

 大型船は大きく揺れ、膨れ上がった船体がしぼむのに合わせて、船体の後ろ半分が崩れ、船尾楼が陥没した。少し遅れて、炎が大型船を包み、黒煙が空に立ち昇った。

「すごい、一発で」

 張朔は、思わず声を漏らした。 

「第二射、撃て」

 虞允文が叫ぶ。しかし梁山砲を撃った船も激しく揺れ、兵士が何人か甲板に尻餅をついている。その船の起こした波を受け、虞允文と張朔が乗る旗艦もまた、揺れた。

ようやく揺れが収まり、火薬と弾を再装填した梁山砲が、再び火を噴いた。今度は船の中央と、船首の喫水線あたりに命中し、船体の前半分が爆ぜて、炎を上げた。

 何とか体勢を保っていた大型船も、それで終わりだった。船体は炎に包まれながら徐々に傾き、沈んでいった。

「虞允文殿、大勝利です」

 張朔の言葉にも、虞允文は前を見据えたまま、反応しなかった。

「何か、おかしいとは思わんか、張朔殿」

「え?」

「金水軍の船隊だが、数が少なすぎる」

 虞允文が呟くように言った。

 張朔は改めて戦場を見渡した。確かに取り囲んで燃えている船隊は、百と少しぐらいか。

「確かに」

 その時、船尾楼に兵士が駆けのぼってきた。かなり慌てている様だ。虞允文が、その兵士の方へ振り返った。兵士は転ぶように虞允文の足元に跪いた。

「都督、ご報告いたします。臨安府(りんあんふ)が、陥落いたしました」

 虞允文が、眼を剝いた。

「馬鹿な。何が起きた」

「今朝方、払暁と共に定海より金水軍百艘あまり襲来、不意を衝かれた臨安府は混乱に陥り、城内に、金軍の侵入を許し、あえなく」

 兵は極度の緊張のためか、言葉がうまく出てこないようだ。

「陛下と趙眘(ちょうしん)様の安否は」

「陛下は、金水軍が姿を現すと、速やかに城外に脱出されました。趙眘様は、城内に留まったままかと」

 虞允文が膝を折りそうになり、張朔が咄嗟に支えた。

「陛下」

 虞允文が力なく呟いた。 

 張朔が顔を上げると、金水軍の船隊を包む炎が風に逆巻かれ、火柱となって天に高々と上がっていた。