隠れ家の小屋に戻ると、()(しん)が焚火の前で、なにやら作業していた。

「どうだった?」

 羅辰が背中を丸めたまま、言った。

「駄目だった」

「そうか、所詮罪人だ。期待しただけ馬鹿だったのかな」

「二人で何とかするしかあるまい」

 候真は、焚火のそばに寝転んだ。

「お前、戦闘したのか?気が乱れているぞ」

 羅辰の背中は丸まったままだ。(こう)(しん)は答えず、ごろりと焚火に背を向けた。気が乱れているのは戦闘のせいではないと、候真は思った。

 かつて、愛した女がいた。

 彼女は梁山泊(りょうざんぱく)の間諜として、李師師(りしし)の妓館に潜入し、情報収集をしていた。客として交わるうちに、恋に落ちた。しかし志はもっていても、間諜としての技量は乏しく、候真は身請(みう)けさせようとした。

 しかし金軍の南下に伴う混乱の中、無理をして高官から宋の系譜を盗み出し、追手に阻まれ、重傷を負った。

 系譜は候真に託され、彼女は命を落とした。

 その系譜は南宋の太子、趙眘(ちょうしん)の出自の秘密を暴くもので、梁山泊は南宋に対して大きな交渉材料を得ることになった。

 あの時、もし助かっていれば、結婚して子を成すこともあっただろうか。そうすれば自分の人生もまた、違ったものになっていたのだろうか。馬来の言った戦う理由、その言葉が何度も頭をよぎった。その想いは巡り、そして遠くなっていった。

 それから数日、作業場に馬来の姿はなかった。

「あの浅黒い男は、処断されたのかな」

 羅辰が言った。候真には、馬来が死んだようには思えなかった。罪人たちはいつも通りに働いている。

「お前、この間から何を作っているのだ」

 羅辰はここ数日、小屋にこもりきりであまり外に出てこない。

「燃える綱だけでは、材木置き場に火を着けることはできん。小さな板に油をしみこませて、綱の先に括り付けているのだ。そうすればより早く、火を大きくすることができる。候真、お前も手伝え」

 羅辰が背中を丸めたまま、言った。

「ごめんだな。俺は俺の仕事をした。それはお前の仕事だ」

「ふん、失敗したくせに大きな口をきくな」

 近ごろ羅辰とは、こんな会話しかしていない。致死軍や、梁山泊の話はほとんどしない。もうそんな話をしても仕方がない、という気がしている。

「おい、どうやら戦は近いようだぞ」

 候真が、言った。

「なに、どういうことだ」

 丸まっていた羅辰の背中が、伸びた

「下ばかり見ているお前には分からんだろうが、ここ数日、梁山湖から出ていく兵士がほとんどいなくなった。つまり兵が集結し始めている。もう一万くらいはここに入っているだろう」

 羅辰が、小屋から出てきた。

「なるほど、島全体に気が満ちてきているな」

「二万程になったとき、おそらく全軍で出港するのだろうな」

「その時が、機、だな」

「ああ」

 不意に、作業場に馬来が姿を現した。かなり遠くだが、動きからして怪我はしていないようだ。そして一瞬、候真と目が合った。

 その時、馬来が頷いたように、候真には見えた。