「俺はかつて梁山泊(りょうざんぱく)の闇の組織、致死軍(ちしぐん)の隊長だった。俺の仲間がこの造船所の存在と、(きん)(こく)の南進の可能性に気づき、俺に教えてくれた。それで俺はこの造船所がどんなものか、探りに来たのだ」

「なんだと?梁山泊の隊長だと、それを信じろというのか」

馬来(ばらい)、お前は信義という言葉を使った。俺も同じだ。信じるか信じないかはお前の勝手だが、俺は真実だけを語っている。そのことは忘れるな」 

 馬来の様子がどこかおかしい。梁山泊の名を口にしてからか、落ち着きがないように思える。

「それで、お前は造船所を探って何をする気だ。(こう)(しん)

 馬来が声を絞って言った。候真はしばらく考えた。馬来の梁山泊に対する想いが何か見えてこない。しかし後には引けなかった。

「この造船所を、焼く」

 候真がそう言うと、馬来が息を吐き、ゆっくりと腕を組んだ。他のものが動揺しているのが、空気を伝ってはっきりと感じられた。

「この造船所を焼くだと?一体何のために」

 馬来は落ち着きを取り戻したようだ。声が低く通っている。しかしそれは、馬来の心の何かを、押し殺したように、候真には思えた。

「気に入らないからだ」

「なんだと?」

「ここはかつて、梁山泊の湖寨があったところだ。いわばその志の聖地だ。そんな場所に、こんな無粋な造船所があることが、まず気に食わん。ましてやそれが、(かい)(りょう)(おう)が南宋を攻めるための造船所だと知ったとき、俺はここをどうしても焼き払いたくなった」

 候真は、羅辰の心を代弁したつもりだったが、言葉にしてみると、自分の気持ちのようにも感じた。馬来はじっと、こちらを見つめている。

「候真、ここまで危険を冒してきたのだ、一応聞いておこう。なぜ俺たちにその話をした?」

馬来の心に、はっきりと燃える何かを感じた。

「馬来、千の罪人を使って反乱を起こせ。それに乗じて俺はこの造船所を焼き払う。そしてその混乱に乗じて、お前たちをこの島から出してやろう。そうすればお前たちは自由だ」

 それを聞いた馬来の気が、今にも弾けそうになるのを感じた。

「候真、やはりお前は、昼間殺しておくべきだった」

「なに?」

「取り押さえろ。この小屋から出すな」

 馬来が低く呟いた。同時に候真の両側に座っていた者が、候真の両腕と頭を掴み、床に押さえつけた。

「馬来、何の真似だ」

 床に頭を押さえつけられたまま、候真が言った。眼だけ馬来を睨みつける。候真の肩と腕に力が込められ、放そうとしない。

 しかしこの程度の拘束は、候真が気を一つ入れれば簡単に振りほどくことができる。力の込め方が悲しいほど(つたな)い。おそらく武の鍛錬などまるでしたことがないのだろう。いや、武というものも、見たことがないのかもしれない。

 もう少し、馬来の話が聞きたい。ここは抵抗せず、大人しくしておこうと候真は思った。

「候真、俺は梁山泊に利用されるくらいなら、ここで死ぬまで働く方がましだ」

 梁山泊への恨み、これが馬来の気の正体だったのか。

「なぜ梁山泊を恨む、馬来」

「聞け、候真。俺はかつて梁山泊の民だったのだ」

 馬来の声が重く響いた。

「なんだと」 

 梁山泊は冀州一帯を領していた。民の数も、四百万程はいたはずだ。

「俺は梁山泊の統治に感謝していた。宋の統治下に比べると税は格段に安く、市は物であふれていた。兵役はあったが、それは自分たちの国を守る誇り高きことだと、楊令(ようれい)は教えてくれた」

「楊令殿と会ったのか」

「俺は友人と二人で徴兵に応じ、屯所へ赴いた。しかし友人は屯所に着くといきなり不平を言い募った。既に立派な軍があるのに、兵役はおかしいと喚き散らしたのだ。俺は驚いてそいつを黙らせようとした。税が安いだけでもありがたい話だ。しかし、人は安息を与えられるとそのありがたみを、すぐに忘れる。俺は友人の暴言が、恥ずべきものだと思った」

 楊令は、梁山泊は民の国だと言った。税率は収穫に対する二割で、それは周辺地域の税に比べると三分の一程度だ。梁山泊建国当初は無税で、数年おきに一割、二割と上げていった。それでも税を上げるときには、不満の声があがったのだ。

「俺が友を張り倒そうとしたら、屯所から一人の男が出てきた。顔に大きな痣がある男だった。俺はその男を見た瞬間、何かに圧倒されて、身動きが取れなくなった」

 楊令の顔には大きな痣があった。幼いころに深刻な火傷を負ったという。