山での調練が終わると、立ち合いの調練に入った。ここではむしろ死域まで追い込む。

 秦(しん)(よう)は、二日間徹底的に立ち合いを行い、一日を休養とした。そして三度、山の踏破と立ち会いの調練を繰り返した。 

 皆、目が落ち窪んだようになり、目つきが鋭くなった。特に秦容の五百は、慎思の軍に敗れた想いがあるからか、皆寡黙に調練に堪えていた。

 そしてこの調練で、玄旗隊(げんきたい)の二名が死んだ。一人は立ち合い中に白目をむいて倒れ、一人は山を駆け抜けた時倒れこみ、そのまま目を覚ますことなく死んだ。

 二人の死は何だったのか、胡土児は考えた。自分を慕ってここまでついてきて、ついに敵と干戈を交わすことなく死んでいった。これも戦なのだ、と胡土児(コトジ)は自分に言い聞かせた。

 中華の歴史が、理不尽な死によって紡がれてきたことは事実だ。戦い抜いて戦場で散った父は、幸せのうちに逝ったのだろうか。

 今の胡土児には、闘いに生きる意味を見出すことに、違和感を覚えるようになった。(そう)(まん)のように人は成長し、その力を使って思うさまに生きるのが、人らしい(せい)と言えるのではないか。

 二人を手厚く葬って、その日は散会となった。

「胡土児様、この調練に何の意味があるのでしょうか?」

 蕭尤(しょうゆう)が近づいてきて言った。蕭尤もまた憔悴していた。胡土児自身も他から見たら、そう見えるのだろう。

「お前がそれを言うのか。その言葉は、死んだ二人に対する冒涜(ぼうとく)ではないのか」

 蕭尤がうつむいた。

「俺は、覚悟の上で、この調練に参加しろといった。泣き言はすべてが終わってからにしろ」

「しかし」

「蕭尤、納得できないのはわかる。だが世の中納得できるものばかりではない。宋万を見てみろ、俺に無理やり玄旗隊に入れられ、皆に投げ飛ばされ、訳も分からず悔しい思いもしただろう。しかしそれらを受け入れて、やるべきことを自覚し、ひたむきに努力しているのだ」

「確かに、あいつは変わりました」

「蕭尤、今俺たちにできることは、死んだ者の分まで闘い抜く事ではないのか?今はみんな辛い。だからこそ、闘い抜いたその先にあるものを、俺はみんなと見てみたいと思っている」

 蕭尤はうつむいたまま、黙っている。

()(ゆう)と語らってこい。蕭尤。奴は漢族でありながら、女真族の玄旗隊(げんきたい)に入ってきた。世の不条理を多く見ながら、あの年まで戦い抜いてきたのだ。きっと俺よりもうまく語ってくれるだろう」

 蕭尤はうつむきながら頷き、駆け去っていった。蕭尤はまだ十七歳だ。辛い思いをさせている。

 胡土児自身も、自分のやっていることが、ひどく不確かなものではないかと感じていた。(かい)(りょう)(おう)との決着をつける。その目的のために、梁山泊(りょうざんぱく)に我が身を預けてしまっている。いや、一人では到底届かないもののために、力を合わせようとしているのか。果たして本当に、自分の求めるものに、辿り着くことができるのだろうか。

 胡土児は今まで、自らの意思で何かを強く求めることはなかった。父に与えられた戦場を全力で駆ける。父のために剣を振るう。胡土児にとって軍とは、戦とはそれが全てだった。

 胡土児にとって海陵王との決着は、初めて戦う意味を問う戦だった。その先に何があるのか、やってみなければわからない。霧の中を、闇雲に駆けていくようなものだ。

 しかしなぜか胡土児の心は、その霧の向こうに対する好奇心と、内から燃え盛る炎のような気力で満ちていた。