孔(こう)(さい) が、向かってくる騎馬を見つけた。三騎でこちらに駆けてくる。先頭は確かにあの胡土児(コトジ)だが、まるで別人の気を放っていた。乱雲(らんうん)が駆けてくる胡土児に向かって、ゆっくり歩き出す。()(しん)はただ、乗っているだけに見えた。

 胡土児が放つ異様な気、それは間違いなく殺意だった。ただひたすらに純粋な殺意。それは史進にのみ向けられている。孔最は思わず後退った。

 胡土児は馬の勢いを落とさず、剣を抜き放ち史進に迫る。

「まて、胡土児、その人は」

 孔最が叫んだ。が、胡土児には、まるで聞こえていないようだ。史進はゆっくりと日本刀を抜いた。

 胡土児の馬が跳躍し、史進の頭上へ、胡土児が激烈な一撃を振り下ろす。

 世界が一瞬、弾けた。次に鉄の擦れる音が響く。そしてその音が、孔最の身体を貫いていく。

 間髪入れず、胡土児の剣が縦横無尽に史進に襲い掛かる。乱雲が適度に間合いを取り、史進が涼しい顔で胡土児の攻撃を捌いている。

「なんなのだ、この闘いは」

 孔最は思わず呟いた。胡土児が燃え盛る炎なら、史進はまるで、決して溶けない氷のようだ。そんな言葉でしか、孔最にはこの闘いを表現できなかった。

 胡土児と史進の気が、同時に爆発した。

 胡土児が振り下ろした剣が、胡土児の右腕ごと斬り飛ばされた、ように見えた。

 胡土児の剣は根元から断たれ、腕はだらりと垂れさがっている。衝撃で肩が外れたようだ。胡土児はうなだれ、身動きが取れない。気を失っているのかもしれない。

 史進はゆっくりと胡土児に近づき、胡土児の胸に手を添えた。次の瞬間、胡土児は弾き飛ばされ、馬から落ちた。

 胡土児を受け止めたのは、二人の将だった。一人は大柄で隻腕、もう一人は小柄な将。大柄の方が力を込めて、外れた胡土児の肩を入れ、背中に活を入れた。

 胡土児は目を覚ましたが、すぐに立ち上がることはできないようだ。眼差しだけが、しっかりと史進に向けられている。

 史進の額には大粒の汗が浮かんでいるが、息を荒げているわけではなかった。おそらく激痛が、身体を襲っているのだろう。

「胡土児か。久しいな」

 史進が言った。胡土児にかけられた声と、向けられた眼差しが、慈愛に満ちているように、孔最には思えた。

「史進殿、生きておられたのですね」

 胡土児が言うと、史進は大声で笑った。

「おかしな奴だ。今、本気で俺を殺そうとしたではないか」

「史進殿の気を感じた瞬間、俺は思わず駆け出していました」 

「胡土児、俺はお前の親父、兀朮殿を戦で討ったのだ。俺はお前に殺されても、何ら異存はないのだぞ」

「俺に、史進殿は討てません」

 胡土児が言うと、史進が寂しそうな表情を浮かべた。

「父の仇を討つ、というつもりはなかったのですが、気づいたら剣を抜いていました。俺はまた、正気を失ってしまったのでしょうか」

 そう言うと、胡土児はうつむき、断たれた剣の柄を見つめた。

「胡土児、お前は命を懸けて俺に剣を振るった。そうやってお前は、亡き父を弔ったのだ。戦に生き、戦で死んだ父を。俺にはそう思える。お前はそういう弔い方ができる男になった、という事だ」

「俺が、父上を」

「それにその剣、剣に様々な想いが籠っていたように感じる。俺は最初の一太刀でその剣を断ち切るつもりだったが、その剣は幾度となく、俺の日本刀を弾き返した」

「この剣は、父が俺の友に贈った特別な剣でした。中華に入る前、その友が自分の代わりにと、俺に持たせてくれたのです」

「そうか、ではその友に悪いことをしたな」

「いえ、史進殿に断たれたと知れば、むしろ喜ぶでしょう」

 胡土児がそう言うと、二人は声を出して笑った。

 史進と胡土児の関係が、孔最にはよくわからなかったが、敵味方を超えた、深い何かでつながっている、そんな気がした。

「これからは、この吹毛剣を使います」

 胡土児は、吹毛剣の鞘を少し持ち上げた。

「なるほど、胡土児、お前はその吹毛剣に導かれてここまで来たのだな」

 史進は言った。胡土児は頷き、ようやく立ち上がった。

「俺は宣凱(せんがい)に言われて、そこにいる孔最の支援をするために、玄旗隊を引き連れてきたのです」

「なに、宣凱だと」

 史進が驚いたように言った。