険しい山中を分け入っていく。こんなところに何が、と思うような隘路を進む。
「どうやら轟交賈は、決して表に出てはならない物流組織らしい。中華全土にその網を張ってはいるが、実際荷を扱うのは小規模の商人だ。その商人を束ねる元締めも、轟交賈とは別の組織だ。しかしそれら組織と商人が取り扱った物や値段などの情報は、すべて轟交賈に上がるようになっている。仮に一部の商人が物の値を吊り上げようと、ある品の買い占めが行われた場合は、密かにそこに、その品を送り込んで値を下げたりする。つまり商人は、元締めの指示通りに物を動かせば、大きく儲かることはないが、確実に利が出るようになる。轟交賈の存在を知っている者も、極めて少ないらしい」
轟交賈とは何か、という胡土児の疑問に、呼延凌はそう答えた。
「中華全土の商人の動きを管理する、そんなことができるんでしょうか」
轟交賈がどういう組織か、胡土児にはいくら疑問に思っても、到底理解できない事だという気がする。
「俺らには理解できないであろうよ。俺も途中で考えるのをやめた。轟交賈は中華全土の物資を、平等に民にいきわたらせる。どうもそんなところに理念があるようだ。秦容は最初からどうでもいいみたいだが」
呼延凌が、ちらりと秦容を見て言った。秦容がふん、と横を向いた。
ほかにも呼延凌とは様々なことを語り合った。父との戦のこと、軍の動かし方、調練のやり方、梁山泊の事、戦人としての想い。呼延凌の言葉は胡土児の中で、綿が水を吸うように、素直に身体に入っていく感覚があった。
「胡土児、お前はなぜ沙谷津に行く気になった。候真に言われたからと言って、すぐに納得する性格ではないはずだ」
「候真は俺に言いました。吹毛剣を受け継ぐ意味を知れ、と」
「それだけか」
呼延凌がじっと胡土児を見つめる。
「海陵王は二度、俺を殺そうとしました。いや、先日で三度目です。男として海陵王との決着はつけねばなりません」
「なるほどな」
呼延凌は、一応は納得した、という表情をした。
「胡土児、お前いいな。やられっぱなしってのは、男じゃねぇ。その喧嘩、俺も手伝ってやるぜ」
秦容が胡土児の背中を叩いて言った。
「秦容まさかお前、暴れたいがためだけに、ここに来たんじゃないだろうな」
「おい、呼延凌、俺を戦闘馬鹿みたいに言うな。俺はな、まだ前の大戦の決着がついていないんだ。あの後、結局梁山泊は無くなり、南宋は岳飛に敗れた。金国だけが生き残ったように思える。俺はその決着をつけるためにここに来たんだ。呼延凌だってそうだろう?」
「確かに、金国が南宋を攻め、併呑するなど俺には受け入れられん」
「だろう。だから俺たちは同志、てわけだ」
同志という言葉に、胡土児は微かな違和感を覚えた。今まで戦と言えば父に従軍し、父のために戦ってきた。戦の意味など考えるまでもなく、与えられた戦場を駆け抜けてきたにすぎない。梁山泊の将は皆、戦う意味や目的を持っている。それが志、というものなのか。
突然、深い森が開けた。そこに広大な牧と屋敷が姿を現した。