しかし動かない身体とは裏腹に、風玄の意識は妙に明晰で、闘志のようなものが沸き起こってきた。この雄々しい心のまま、果てるのも悪くはない。
兵士の斬撃。悪くない打ち込みだ。意外なほど風玄は冷静だった。
次の瞬間、兵士の首筋から血が噴き出し、倒れた。何が起こったのか。風玄は変わらず立ったままだが、剣先に血糊がついていた。そして全身の緊張が抜けていくのがはっきりと感じられた。
「爺、逆らうか」
兵士たちの表情が一気に強張る。残りの兵が風玄を取り囲んだ。しかしこの森の中では一斉に斬りかかることはできない。
二人同時に斬りかかってきた。風玄は前方に跳躍し、斬撃を躱しながら反転、着地と同時に横に一閃、二人の首を後ろから切り裂いた。
後ろからひとり突きかかってくる。風玄はしゃがみながら身体を捻り、兵士の足を払って倒すと胸に短剣を突き立てた。残りの兵が明らかに動揺している。残り六人。風玄は一気に間合いを詰め、兵士たちに襲い掛かる。二人、三人、四人。あと二人。
風玄が渾身の力で短剣を振るう。
その時、突然風玄の身体の中で何かが切れた。風玄は勢い余って地面に転がり、仰向けに倒れた。
起きようにも身体がぴくりとも動かない。息もあまりうまく吸えず、目の前が白く霞んできた。息を荒げた二人の兵士が、風玄をのぞき込む。
「なんて爺だ。火事場の馬鹿力ってやつか」
「だが、もう動けないようだな」
兵士の一人が、剣を風玄の胸元にあてた。風玄は、死を覚悟した。
その兵士の頭が突然弾かれて、横に倒れた。驚いたもう一人の兵士が次の瞬間、身体をくの字に曲げ、頽れた。
「間に合わなかったか」
風玄の前に、一人の男がふわりと降り立った。男は風玄を抱き起すと、木の幹にもたれさせた。
男の頭部は包帯で覆われ、黒い覆面をしていた。目だけ出してはいるが、それだけ見ても、頭全体がかつて、焼け爛れたのだと分かった。
「まさかあんただったとはな、風玄の爺さん。梁山湖周辺が急に慌ただしくなったんで、興味本位で探っていたら、突然闘争の気配がして駆け付けたんだが。それにしても見事な死域だったぜ。今の時代にこれほどの想いで闘う人間を見て、胸が熱くなったよ。俺も久しぶりに鉄球を打った」
風玄はじっと男の目を見た。言葉はもう、発せられない。
「それじゃあな、風玄の爺さん」
風玄は微笑んだ。そして、目を開けていられなくなった。