ここはかつて、梁山泊(りょうざんぱく)が反宋の旗を掲げたところだ。志を一つにした者が集った場所。この湖寨(こさい)(どう)(かん)によって陥落し、破壊し尽くされたが、その想いは消えることなく地に根付き、自分を導いてくれたのだろうか。風玄はぼんやりそんなことを考えた。

 風玄はしばらく呼吸を整えると起き上がり、周囲に意識を向けた。陽が高くなり、兵たちの気配も濃くなってきた。島全体が造船所として運営されるなら、おそらく数千の人間が住み着き、作業しているだろう。

 島は南北にやや細長い地形で、東から北、西にかけては急峻な崖と森に囲まれている。中央部は開けた台地になっており、南岸にかけてなだらかな地形が続く。今は島の北東部の森の中だ。(ふな)()まりと演習水域はおそらく南岸から南西の水域だろう。すぐ南はなにかしらの施設があるようで、人の気配が濃い。多少遠回りでも崖伝いに北から西に回り込むのがよさそうだ。

 風玄は気配を殺しながら歩き始めた。島全体から気が立ち上り、木槌の音や兵の掛け声などが風を伝って聞こえてくる。これら多くの気配に紛れながら行動するのはたやすい。

 西岸のやや開けた場所に出た。それほど高くない見張り台に二人の兵が立っている。あの位置に見張り台があると、これ以上進めそうにない。

「交代だ」

「ああ、しかしなんだって、あんなに船を造る必要があるんだ」

「知るかよ、まぁ見張りの方が楽でいいけどな」

「もうかれこれ半年は島から出ていない。まるで囚人みたいだな」

「まったくだ」

 兵士が会話に気を取られている間に、風玄は見張り台の柱の陰に身を潜めた。兵士の一人が梯子を下りてくる。

 兵士が地に足をつけたところでそっと背後に忍び寄り、口を押さえながら、鳩尾(みぞおち)に親指をめり込ませた。兵士は白目を剥き、膝を折る。これで半日は目を覚まさない。風玄は兵士を横たえると、梯子を音もなく上っていった。

「おい」

 背後から声をかけられた兵士が、驚いて振り向く。すかさず腹に拳を入れ、兵の口を押さえ後ろ手を取るとそのまま肩を外し、(うめ)く兵士の首に短刀を突き付けた。

「騒げば殺す。港を一望できる場所を言え」

 兵士がもがく。風玄は兵士の腿に短刀を突き刺し、刃に着いた血を見せた。

「次はない」

「南西の湖岸、牧にある見張り台」

 兵士はそれだけ言うと気を失った。見張り台から南西を見ると、確かに湖岸に平地があり、家畜の姿もかろうじて見て取れる。その傍に軍営らしき建物があり、頻繁に兵士の出入りがあるようだ。見張り台はその軍営の隣、かなり大がかりな(やぐら)が組まれ、絶えず兵士が動き回っている。

 風玄は梯子を下りると、気を失っている兵士から軍袍と剣を()いだ。素早く着替え剣を腰に佩き、兵士を柱の陰に隠した。そして大きく一息入れると、軍営に伸びる小径(こみち)を歩いて行った。

 軍営の傍に近づくと、さすがに兵士の往来は多くなってきた。風玄はあまり首を動かさずに、目の動きで周囲を観察した。特に巡回経路が決まっているわけでなく、五、六名の小隊が、何となく周辺を警備している様子だった。警備に緊張感はあまり感じられない。風玄はその流れに紛れ込むように入っていった。

 暫く周囲をうろつくと、見張り台の梯子に取りつき、登っていく。この見張り台は大規模で、回廊が梯子の周りを周回する構造だった。上には何名かの兵士がいるようだった。

  特に怪しまれることなく回廊に上ると、風玄はゆっくり回廊を周回し、目の端で湖を観察した。

 その時、不意に(かね)が激しく打ち鳴らされた。全身に汗が噴き出る。眼下の兵士たちが一方向に向かって歩いていく。先程打ち倒した兵士が見つかったか。