ある日の朝、人糞が!


はなはだ汚いお話で恐縮ですが、何年か前の連休明けのある日に出社すると、会社の通用口近くに何と「人糞」がありました。ひどい話ですが、酔っ払いが我慢できずにやらかしていったらしいのです。防犯カメラをチェックしてみると、前の晩の深夜に人影があり、表通りから会社の通用口付近まで来て、防犯カメラの視界から消えました。しばらくして、また防犯カメラの視界に現れ、立ち去っていく姿が写っていました。表通りから見えにくい通用口付近で、用を足していったらしいのです。
 
まだ、朝早かったので、私は、出社していた総務部の中堅職員のAさんに、申し訳ないが、人糞を片付けてもらうよう指示しました。当日、職員の一人はお休みで、連休明けで繁忙も予想されていました。社内の業務を後から出社してくるもう一人の職員Bさんに指示する予定でした。ところが、その職員が始業時刻になっても出社してこないのです。ようやく、始業後30分くらい過ぎてBさんが出社してきました。人糞の処理を終えたAさんと一緒でした。

「どうしたの?出社が遅れるのなら、早めに連絡をくれないと困りますよ。」というと「出社してました。」言うんです。「どういうこと?」と聞いたところ、始業時刻10分前にBさんが出社してくると、同僚のAさんが人糞の処理をしているのを見つけました。Bさんは、タイムカードで出社時刻の打刻をした後、そのままAさんを手伝って人糞の処理をしていたというのです。自ら進んで同僚を助けてあげるということは大変すばらしいことなのですが、私はBさんに注意しました。なぜか、わかりますか?

 

  Bさんの行動の問題点


入社して間もないBさんのとった行動の問題点は次のような点にあります。

① Bさんは、出社した後、上司まで出頭して、当日の業務処理の指示を受けていません。

② また、Bさんは、タイムレコーダーに出社時刻を打刻しただけで仕事を始めていると思っています。
 

Bさんは、どう行動すれば、よかったでしょうか?


① 本来、Bさんは出社したら、管理監督者である上司まで出頭して、当日の業務について指示を受けるべきでした。

② また、上司の指示を確認したうえで、指示を受けた業務をしなければなりませんでした。

③ なお、先輩のAさんも、「手伝います」と申し出たBさんに対して、「自分がこの処理をするように指示を受けているので、あなたは部長のところへ行って部長の指示を確認しなさい。」と助言すべきでした。

実際に、この日の朝、始業時刻が過ぎると外線電話がいくつも入りましたが、取り次ぐ人がいないので、鳴りっぱなしになりました。社内からの問合わせも殺到して、総務部は対応に追われ、業務が混乱してしまいました。Bさんのとった行動で、総務部の正常な業務運営が出来なくなってしまったのでした。


  法的な観点から見ると、


⑴ 労働時間は、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」とされます。つまり、「労働者が使用者の指示に従って働いている時間」が労働時間となります。労働時間かどうかは、「使用者の指揮命令下」におかれていたかどうかで判断されます。始業時刻(=仕事を開始した時刻)は「使用者の支配下に入った時刻(=タイムカードで打刻した時刻)」ではなく、「使用者の指揮命令下(=上司の指示を受け仕事ができる状況)に入った時刻」です。

⑵ また、労働には「債務の本旨に従った労務の提供」が必要とされます。労働契約において、労働者が雇用主に対して提供する労務は、契約の目的や本旨に適合している(上司の指示に従っている)必要があります。
 
したがって、

⑴ 出社して、上司の前に出頭して指示を受けていないBさんは、「使用者の指揮命令下に置かれていない」ことになります。すなわち、BさんがAさんを手伝っていた時間は、労働時間とは言えないことになります。

⑵また、 上司の指示を受けないでAさんの手伝いをしたBさんの行為は「債務の本旨に従った労務の提供」があったとは言えません。

 

  組織の内部統制の観点から見ると、


⑴ 組織は、特定の目的を達成するために、分担した役割を持つメンバーが共同で活動を行うための体制を指します。組織は特定の目的を持ち、内部のメンバーは統制され(上司の指揮命令に従い)、かつ協力しながら個々の役割を全うするための活動を行うよう求められています。内部のメンバーが入れ替わってもその活動と目的は変わりません。

⑵ また、組織活動は、内部統制により適正にコントロールされる必要があります。内部統制とは、組織が健全に機能するために定められた基準や手続きに則った業務の管理・運営をすることです。業務を適正に運営するための体制で、効果的、効率的かつ適正に組織が目的を達成するように、組織内で適用されるプロセスです。そして、内部統制の6つの基本的要素のうち「情報と伝達」すなわち「コミュニケーション」が、とりわけ重要になります。

ところが、

① Bさんは、上司の指示を受けないで、Aさんの業務を手伝ってしまいました。

② Bさんは、自分が組織の一員であり、共通する組織目的の達成のために、内部的には上司の統制に服している(=上司の指示命令に従う)ことを真に理解していませんでした。

その結果、Bさんは、組織の正常な業務運営を阻害する結果を引き起こしてしまいました。また、このことは、内部統制の6つの基本的な要素である「情報と伝達」(=コミュニケーション)に弱さがあったこととなり、組織としては、この点について改善に努めていかなければなりません。


  ワークルールを知る!


組織で働く人は、基本的な労務に関する法律を知り、基本的な職場のルールを身につける必要があります。しかし、働いている人のほとんどは、法学部で学んだ人を別にして労働法を学んだことがないのが現実かと思います。

実は、厚生労働省が後援している「ワークルール検定」というのがあります。ワークルール検定協会が主催しており、やさしく書かれたテキストで職場における基本的な法律やルールについて学んで、検定試験を受けて身についたかを確認できます。組織で働く上司の方も、部下の方も、こういった検定を受験して、基本的な職場の法律・ルールを身に着け、正しい行動をとれるようになるようにしましょう。そうすれば、職場におけるトラブルが減っていくことでしょう。
 
なお、この事件の後、私の勤める会社では、通用口に人感センサーで発光するサーチライトを付けることになりました。その後は、通用口に「人糞」が置かれているようなことはありません。