前回は、負の制裁(評価)をするためには、組織の規範を浸透させる必要があることをお話ししました。
今回は、その組織の規範を浸透させるには、心理的安全性と正の制裁(positive sanction)が必要であることをお話したいと思います。

組織に価値観の違う世代が共存する場合には、世代間の価値観や規範を学び合い、組織の規範として共有する必要があります。
こうすることで、お互いの世代の規範を言語化することができ、世代間の意見交換も容易になります。

一方、世代間の規範を学び合うことで、Z世代の心理的安全性も確保される効果があります。
世代間で学び合うことで、お互いにどういう価値観と規範を持っているのかを理解することができ何が規範に抵触するかがわかるようになるからです。

心理的安全性とは 「対人関係上のリスクを取っても不利益を受けないとメンバー全員が共有して信じている状態」 のことです。

これは、

・質問しても「無知だと思われない」
・ミスを報告しても「無能だと思われない」
・意見を述べても「邪魔だと思われない」
・問題を指摘しても「ネガティブだと思われない」

とメンバーが感じている状態のことです。

心理的安全性が確保された状態は、単なる「仲が良い」とか、「居心地が良い」環境とは全く違います。

それは、「学習・挑戦・改善」等の望ましい行動が起こるための組織の基盤となります。


  心理的安全性と正の制裁


心理的安全性は「対人リスクを取っても罰っせられないと確信できる共有された信念」です。
一方の正の制裁(positive sanction)は「規範に沿った行動に対して承認・賞賛・感謝等が返ってくる社会的メカニズム」です。
両者は、組織の学習・挑戦・協働等の望ましい行動を促進するうえで相互補完関係にあります。

心理的安全性の研究(Edmondson 1999)では、チームが「失敗や異論を恐れずに行動や発言ができる状態」にあることが、
学習行動を促進するとされています。
一方、正の制裁(positive sanction)により、規範に沿った行動に対して承認・賞賛・報酬等がフィードバックされることで、
組織の学習・挑戦・協働等の望ましい行動と規範が強化されることになります。
両方が相互に補完しあって、組織の中で好循環を生み出すことになります。

心理的安全性が高いチームでは、以下の行動が起きやすくなります。

• 質問する(無知だと思われる不安が小さい)
• ミスを報告する(無能だと思われる不安が小さい)
• 異論を述べる(邪魔だと思われる不安が小さい)
• 問題を指摘する(ネガティブだと思われる不安が小さい)

これらはすべて「対人リスク」を伴う行動であり、心理的安全性がない場合には、こういった行動は起こりません。
このような行動に対して正の制裁がフィードバックされることにより、
フィードバックされた人は、「こんなことでも質問していいんだ」などと確信することになります。

こうして、正の制裁で心理的安全性が強化され、組織の中で好循環を生み出すことになります。


  正の制裁がつくる「行動の強化」


正の制裁(正の社会的フィードバック)は、以下のような承認・賞賛・感謝等の反応です。

• 「質問してくれて助かったよ」
• 「ミスを共有してくれてありがとう」
• 「その視点は大事だね」
• 「挑戦したこと自体が価値だよ」

これらは、行動や規範(学習・協働・挑戦等)を強化する社会的フィードバックです。

心理的安全性と正の制裁は、以下のような循環を生みます。

心理的安全性がある 
→ メンバーが発言・挑戦・共有等をする 
→ その行動に対して正の制裁(承認・感謝等)がフィードバックされる 
→ 発言・挑戦・共有等の行動が強化され、学習行動が増える 
→ チームの成果が向上し、さらに心理的安全性が高まる ⤴︎


  なぜ、心理的安全性と正の制裁の両方が必要なのか


心理的安全性だけでは「居心地は良いが成長しない」状態(Comfort Zone)に陥る可能性があります。

ここに正の制裁が加わることで、

• 望ましい行動が強化される
• 挑戦等の望ましい行動が文化として定着する
• 学習ゾーン(Learning Zone)が維持される

つまり、正の制裁は心理的安全性を“ぬるま湯化”させないための重要な仕組みです。

ここでいう、学習ゾーン(Learning Zone)とは、コンフォートゾーン(安心領域)を一歩出て、
以下のような適度な不安や緊張を感じながら“新しい挑戦によって成長が起こる領域”のことです。

• 安心はないが、恐怖もない「ちょうどよい負荷」の領域
• 新しいスキル・知識・経験に挑戦する場
• 多少の不安や緊張があるが、乗り越えられると本人が感じられる範囲
• 最も成長が起こるゾーン

ミシガン大学のNoel・M・Tichy教授が提唱した3ゾーンモデルの中心概念で、成長・能力開発・組織学習の核となります。


  3ゾーンモデル


3ゾーンモデルは、コンフォートゾーン(Comfort Zone)、学習ゾーン(Learning Zone)とパニックゾーン(Panic Zone)の3つの領域のことを指します。

まず、コンフォートゾーン(Comfort Zone)とは、

• 慣れた仕事・慣れた人間関係
• 不安がなく快適に感じる
• しかし成長は起きにくい

とされる心理状態のことを指します。

一方、学習ゾーン(Learning Zone)とは、

• 少し難しい課題に挑戦できる
• 適度な緊張があり集中力を高める
• その結果、新しいスキル・知識が身につく
• その成功体験が自信とモチベーションを生む

とされる心理状態です。

さらに、パニックゾーン(Panic Zone)とは、

• 能力を大きく超える負荷がある
• 不安・恐怖で思考力が低下している
• その結果、学習が成立しない

と考えられる心理状態です。


  学習ゾーンが重要な理由(組織・個人の両面)


学習ゾーンは、成長が最も起こる領域で、
新しいスキルの習得、問題解決力・創造性の向上、自己効力感の向上等が期待されます。

また、モチベーションが高まりやすい状態で、

適度な挑戦 → 成功体験 → 自信

の循環が起こり、内発的動機づけが強まることが期待されます。

このことは、個々人のキャリア形成に好影響を与えることになります。

学習経験を積むことにより、新しい役割・責任を担う準備ができます。
また、学習経験を積んだ結果、組織内で人材としての希少性が高まることになります。

反対に、企業が、この「学習ゾーン」を組織内に継続的に醸成することができれば、
個々人が成長していくとともに、組織も成長することになります。

• 発言した瞬間に肯定的反応(正の制裁)でフィードバックする
• 内容の質より「発言した行為」を承認する

そうすることにより、若手の発言を引き出すことができます。

• 報告・共有した人に「ありがとう」「助かる」と言語化してフィードバックする
• その結果、報告・共有行動そのものを「規範」として強化する

そのすることで、組織内で暗黙知の共有を促すことにつながります。

こういったプロセスを経ることにより、世代間コミュニケーションが活発になり、
組織における暗黙知を言語化・形式知化して行くことにつながっていきます。


  健全な規範が育つ!


健全な規範は、次の3つを満たすものです。

• 明示されている(透明性)
• 理由が説明できる(納得性)
• 守られたときに承認がある(正の制裁)

世代間コミュニケーションが活発になろと、暗黙知となっていた各世代の規範がお互いに理解されるようになります。
すなわち、今までわからなかった各世代の規範が、明らかになり、理由が理解されていきます。
そして共有された規範が守られた時に承認があれば、規範が強化され、組織の文化として育っていくことになります。

しかし、日本人は、こうした承認・賞賛等のフィードバック(正の制裁)に慣れていません。
英語圏では、”Good job!”とか、”Good question!”とか気軽に言います。
また、”Wonderful!”とか、”Perfect!”とか、時には、”Amazing!”や”Beautiful!”などの言葉も
相手を承認したり、賞賛したりする言葉として日常的に使います。

職場で気楽に使える、こういう種類の日本語を探すのはちょっと苦労します。

例えば、先ほど例で挙げた

・「質問してくれて助かったよ」
• 「ミスを共有してくれてありがとう」
• 「その視点は大事だね」
• 「挑戦したこと自体が価値だよ」

と言うような言葉も、日常の職場ではなかなか自然に使えないかもしれません。
なかなかうまく言えないときは、一言「ありがとう!」でいいのではないでしょうか。

私たちは、「ありがとう!」と言う言葉もなかなか言い慣れていません。
だから、言い続けて慣れていくことが、まずは、大切なことだと思います。


  「暗黙の規範」から「明示された規範」へ


先日のブログで「社会規範と制裁」のことを書きました。
社会規範を守った行動をとると「正の制裁(報償)」があり、逆に社会規範を破った場合は「負の制裁(罰)」があります。
「負の制裁(罰)」は本人に対して不利益に作用することからすると、
会社内の規範は、本来「暗黙の規範」から「明示された規範」へと言語化され、
さらには、文書化されることが望ましいものと思います。

しかし、暗黙の規範のすべてを文書化することが適切とは限りません。

たとえば、「ご馳走になったら翌日にもう一度お礼を伝える」という慣習があるとします。
「朝、出社したら元気に挨拶をする」ということを
行動規範として文書化している企業はあるのではないかと想像しますが、
「ご馳走になったら翌日にもう一度お礼を伝える」という行為を会社の規範として文書化するのは
少々行き過ぎだと感じる人も多いだろうと思います。

「ご馳走する」という行為は、あくまで私的に行われたもので、
これに対してお礼をするということを会社の規範として定めるには、職場の秩序を守るための相当な理由が必要になります。
したがって、この行動は、通常であれば、あくまで個人の任意の判断に委ねられるべきものだと思います。

問題が生じるのは、ご馳走した側がその慣習を「当然の社会規範」として内面化している場合です。
もし、翌日にお礼をしなかった場合に、
相手が「常識がない」と評価するようなことになれば、本人にとっては大きな不利益です。
「次は奢らない」程度で済むのであればいいのですが、
職場の人間関係を損ねてしまっては本人にとって最悪です。

また、本人の立場からすれば、そもそもその規範を共有していないのだから、
そういった評価を受けるのは理不尽です。
なぜなら「常識」というには、組織の構成員が当然に共有している 社会規範 でなければならないからです。

  世代ごとの価値観・規範が違う!


ここで重要なのは、世代ごとに共有している規範や価値観が異なるという事実です。
Z世代が、X世代の社会規範を持っていないからといって、
それをそのまま「常識の欠如」とみなし批判することは、少し行き過ぎのような気がします。
ましてや、そのことで本人に責任を負わせることはできないのではないでしょうか?

したがって、ある行動に対して負の評価(制裁)を加えるためには、
前提として 世代間で規範を相互に理解していることが必要になります。

X・Y・Z世代がそれぞれどのような規範を共有しているのかを学び合い、
そのうえで「奢ってもらった翌日にお礼を言わない」という行動が、
共有された規範に照らして逸脱している場合にのみ「非常識だ」と評価できるのではないかと思います

この観点からすると、私たちは「非常識な人」は批判できても、
「常識を持っていない人」を批判することはできないということになります。
前者は「共有された規範を知っているのに守らない人」であり、
後者は「そもそもその規範を知らない人」で、規範を守りようがないからです。
ただし、本人の責めに帰すべき事情でその規範を知らないのであればこの限りでありません。

先日、お取引先のある人が「ご馳走した翌日にお礼を言わない若手社員」を指導したら、
若手から「なぜ翌日もお礼を言う必要があるのですか」と問われ、答えられず絶句したという話をブログに書きました。
実は、この人が絶句した理由は、この若手が規範を知らなかったことに驚いたというより、
自分自身が、その規範がある「理由」を説明できなかったことに口惜しさを覚えたからなのではないかと思います。



  「健全な規範」⁉︎


ここには、重要な示唆があると思います。
「健全な規範」は、世代を超えてその理由を説明できる規範であるということです。
ですから、私たちには、規範が規範として存在する理由を説明し、
共有し、さらには更新していく責任があると思います。

もちろん、先ほどの「奢ってもらったら、翌日もお礼をする」ということに合理的な理由があることは、上記のブログの中で述べた通りです。

X世代は、先輩たちがやっていることを見て行動規範を習得してきました。
そういった「体育会系の育成指導」(モデリング学習)の弱点として、
その規範が存在する理由が必ずしも言語化されていないということがあります。

X世代からY世代、Z世代へ組織の実践知を継承していくためには、
互いの世代の規範を学び合うとともに、
暗黙知となっている規範を言語化していく必要があるのではないかと思います。

世代間で規範が異なる時代だからこそ、

「なぜ、その行動が望ましいのか」
「その規範は何を守るために存在するのか」

を言語化し、世代間の対話を通じて共有していくことが求められているのではないでしょうか?

「社会規範」と「制裁」って言葉を聞いたことがあると思いますが、その意味は知っていますか?

「社会規範」とは「社会の多くの人が共有し、当然守るべきだと思っている行動のことで基準やルールとなるもの」です。
「制裁」とはそれを破ったときに生じる社会的な「不利益」や「反応」のことです。

実は「制裁」は必ずしも罰だけではなく、承認や賞賛も制裁なんです。
不思議に思われるかもしれませんが、承認や賞賛は「正の制裁」と言われ、学術的にもそのように言われています。


  「社会規範」とは何か


「社会規範」という言葉を聞くと、私が大学の法学部に入学して1年の時に法学概論で社会規範のことを勉強したのを思い出します。

もちろん、法律自体も強力な「社会規範」で、
法律を破ったら、罰金が課されたり、刑務所に入れられ自由が奪われるような制裁が国家の権力で課されます。

昔の話で言えば、村の掟は「社会規範」で、掟を破った時の「村八分」は「制裁」になります。

しかし、「社会規範」には、

• 電車で静かにする
• 割り込みしないで行列に並ぶ
• 会議で発言者の意見を尊重する
• ゴミをポイ捨てしない
・約束を守る
・嘘をつかない


などのマナーや慣習、道徳などの「暗黙の了解」を含みます。
上述のようなことも社会の中では「そうするべき」とされている行動で、やはり「社会規範」とされます。


  「制裁」とは何か


「制裁」とは、社会規範を守ったり、破ったりしたときに生じる社会的な“反応”のことです。

実は、制裁には2種類あって「正の制裁」と「負の制裁」があります。

通常、私たちは「制裁」といえば「負の制裁」のことを連想します。

「負の制裁(Negative Sanction)」とは、規範を破ったときに受ける「不利益・非難」のことを言います。
例えば、割り込みをすると注意される、会議で空気を読まないと孤立するというようなことが挙げられます。
もちろん、法律に違反したら罰金や懲役などの制裁があります。

一方、「正の制裁(Positive Sanction)」とは、規範に沿った行動をしたときに得られる「承認・賞賛」のことを言い、
例えば、挨拶をすると好印象を持たれる、行列を守ると礼儀正しいと評価されるというようなことです。

制裁は、いくつかに分類され、社会学的な分類に従うと以下のようなものがあります。


• 法的制裁:罰金・逮捕など、国家が行う制裁
• 社会的制裁:非難、噂、無視、距離を置かれる
• 経済的制裁:契約解除、取引停止
• 道徳的制裁:罪悪感、恥、内面的な葛藤


「社会規範」は、これらの「制裁」によって維持されています。
その結果、社会秩序も維持されることになります。


  会社のなかの「社会規範」とは何か


会社にも「社会規範」が存在します。

それは、就業規則に明文化されたものだけでなく、会社で「みんなが当然だ」と思っていることで、
行動基準として日常の業務を方向づけるものです。

これらの規範のうち服務に関する重要なものが守られなかった場合には、
服務規律違反(負の制裁)に問われることになります。 

会社の社会規範とは、組織内で共有されている行動の基準のことですが、代表的な会社内の規範としては、

• 時間を守る(遅刻しない、締切を守る)
• 報連相をする
• 上司・先輩を立てる
• 会議でのふるまい(発言の順番、空気を読む)
• 服装や身だしなみ
• メール・チャットの書き方


などがあります。これらは就業規則などの内部規程には書かれていないものもあります。
しかし、それを破ると不利益が生じ、それを守ると承認されるという点で「社会規範」そのものです。


  会社の規範を支える「制裁」


会社の規範も「正の制裁」と「負の制裁」によって維持されます。
その結果、会社内の秩序が維持されます。

「正の制裁(Positive Sanction)」としては、

• 褒められる
• 信頼が高まる
• 重要な仕事を任される
• 評価が上がる
• 周囲との関係が良くなる

一例を挙げれば、

• 報連相が丁寧 → 「助かるよ」と言われ評価される
• 会議で建設的な発言する → 評価される
• 締切を守る → 信頼が蓄積する

などが「正の制裁」として考えられます。


「負の制裁(Negative Sanction)」としては、

• 注意される
• 評価が下がる
• 仕事を任されなくなる
• チーム内で孤立する
• 信頼が低下する

例えば、

• いつも報連相が遅い → 「仕事が遅い人」という評価が固まる(レッテル)
• 会議で空気を読まない → 距離を置かれる

というようなことが「負の制裁」として考えられるでしょう。


  承認・賞賛が、“Sanction“⁉︎


驚いたことに、英語の “sanction“ は、名詞では主に「制裁」「制裁措置」、また「(公式な)承認・認可」という、
真逆の2つの意味があります。

動詞でも、「制裁を科す」という意味と「正式に認める・許可する」という意味の両方で使われる不思議な言葉です。

例えば、

名詞では、
制裁・制裁措置という意味で、“economic sanctions“(経済制裁)と使われます。
一方、(公式な)承認・認可・許可という意味で、“with the sanction of the government“(政府の承認のもとで)
というような使われ方もします。

動詞では、
~に制裁を科すという意味で、“Trump sanctions the country.“(トランプはその国に制裁を科す)というふうに使われます。
また、~を正式に認める・許可するという意味で、“Government sanctionned the plan.“(政府はその計画を認可した)というふうに使われます。

“Sanction”は、「制裁」と「承認」という正反対の意味を持つ「自己反義語」と言われる不思議な言葉なのです。


  “Sanction”の語源


“sanction“ が「制裁」と「承認」という正反対の意味をもつのは、語源そのものに理由があります。

語源は、ラテン語 “sanctio(サンクティオ)“で、
神聖なものとして定める・拘束力を与えるという意味があるそうです。

ここから「許可する(承認する)」と「禁止する(罰する)」の両義性が生まれたようです。
日本語には、こういう同一の言葉で、「許可する」と「禁止する」の両方の意味を持つ言葉はないので、
文脈によって「制裁する」と「承認・賞賛する」を使い分けしなければなりません

では、なぜ ”sanction”という言葉が、「承認」と「制裁」という逆の意味になるのか?

語源の “sanctio“ は、
元々「ある行為に社会的な力を与える」という広い意味を持っていたようです。

その結果、ある行為を社会的に「正しい」とする場合と社会的に「許されない」とする場合に意味が分かれることになります。

ある行為を社会的に「正しい」とする場合(positive sanction)は、
社会的に価値があると認めることから、「褒める」「表彰する」「許可する」などの意味になったようです。

ある行為を「許されない」とする場合(negative sanction)は、
社会的に排除する必要から、「罰金」「非難」「禁止」などの意味になります。


つまり “sanction“ は
「行為に対して社会が“力”を加えること」で、
その力がプラスにもマイナスにも働くため、両義性が生まれたと思われます。


  組織開発の視点で


とかく、日本においては”sanction”を「負の制裁」として理解しているために、
単に「制裁」と言えば「負の制裁」のことになります。
したがって、「社会規範」を守るために「負の制裁」があると理解されています。

本来は、「社会規範」を守るために、「負の制裁」もあれば「正の制裁」もあるのです。

つまり、制裁(“sanction“) の本質は「規範に社会的な力を与える仕組み」で、
承認(「正の制裁」)と罰(「負の制裁」)は、その両輪となるものです。

日本では、部下がやった仕事を “Good job” と言って承認することがあまりなく、
適切な言葉もあまりないのではないでしょうか?

「よくできました!」は、子供に対しては言えますが、大人に対しては使えません。
たとえば「いい仕事をしてくれた!」という言葉は大人に対して使えますが、
”Good job!” ほど気軽に言えません。

健全な規範と組織をつくるには、部下が規範(期待)通りの仕事をしたら、
もっと「正の制裁」をすることが必要なのではないでしょうか?

そのためには、適切な言葉が必要ですが、”Good job!” のような適当な日本語がなかなか見つかりません。

部下が期待通りの仕事をしてくれたら、「間違いがなかったよ。」「わかりやすかったよ。」など良かった点を一つ挙げて、「ありがとう!」の一言を添えたらどうだろうかと思っています。