「・・・・・・・・ん・・・・」
むくっと起き上がると、病院の廊下だった。
横を見ると、おばあちゃんと叔母さんがいなかった。
私はひかれる様に、
霊安室へと向かった―――――・・・・・。
少し不気味な、病院の一角・・・・。
その部屋からは、確かにおばあちゃんと叔母さんの声が聞こえた。
・・・・・・・怖くない。
嘘じゃない。
・・・・ありがとう、お父さん、お母さん。
私に、逢いに来てくれて――――
そう思って、ドアの取っ手に力を入れてドアを開けた。
思った通り、おばあちゃんと叔母さんがいた。
お父さんとお母さんの手を握って、泣いている。
お母さんの妹の叔母さんは、まだ30代で若い。
おばあちゃんもまだ若く、60代前半だった。
「・・・・・綾ちゃん」
「・・・・・お父さん、お母さん・・・・」
何故だろう。
ここにきても、全然ショックじゃない・・・・
ひもがきつく結ばれたように。
全く涙が出ないのだ。
「・・・・・・・・・・・また、後で来る」
私はそう言い残して、霊安室を去った。
手術室の前の待合室に、輝と亜衣と優斗が折り重なるようにして眠っていた。
私はいつの間にか輝の膝を枕にして寝ていた。
そして、輝のズボンが濡れていた。
私は寝ているときに泣いていたんだ、きっと・・・・
起きた時、輝の手が私の頭の上に置かれたままだった。
私は輝の隣に座って、輝の手を握って頭を撫でた。
いつもと逆みたい・・・・。
こうやって、愛する人が目の前にいてくれる・・・・
「・・・・・輝、本当に・・・・ありがとう・・・・・」
本当に、なんでだろう。
お父さんとお母さんは、いなくなってしまったのに・・・・
とても、安らかな気持ち・・・
すると、輝が目を覚ました。
「・・・・・・・あ、綾」
「・・・・・おはよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・手術、・・・・終わったのか・・・・そうか・・・お父さんとお母さんは?」
・・・・・・・・・・・・どうしよう。
隠しても意味がないってことは、分かってる。
だけど・・・・
すると、輝が何かを悟ったように私の手を強く握った。
「・・・・・大丈夫か?」
「・・・・えっ・・・」
「・・・・・・・亡くなった・・・・・・んだな、・・・・・お父さんと・・・お母さん」
輝の目が潤んだ。
私はその手を握り返して、
「・・・・・・うん」
すると、輝の目から涙が一粒零れ落ちた。
「・・・・・・っ・・・・」
「・・・・・輝」
「・・・・悪い、悲しいのはお前なのに・・・・・俺なんかが泣いて――」
「ううん、・・・むしろ、嬉しい・・・・ありがとう」
輝は驚いたように顔を上げた。
「・・・・・お父さんもお母さんも、きっと・・・幸せだよ、輝にこんな想ってもらえて・・・
・・・・うん、幸せだよ、きっと。
ううん、絶対幸せ」
私は輝の涙を拭って言った。
すると、輝が微笑んで、
「・・・・・会った、んだな・・・・お父さんと、お母さんに」
・・・・・・・・やっぱり・・・
「・・・・・・・・うん」
「・・・・すげーうなされてた。・・・・嫌だ、って・・・」
「・・・ごめんね、うるさかったでしょ?」
「・・・・・・・・・・全然。・・・・皆泣いてた・・・・・。亜衣なんかぼろっぼろだし、滅多に泣かない優斗まで・・・」
「・・・・そっか」
「・・・うん。・・・・・・・・おばあちゃんと叔母さんは?」
「・・・・・・・霊安室・・・・・。ふたりには一回、私の家に来てもらう」
「・・・・そっか。・・・・・・・・・・・・・俺も行っていいか?お父さんとお母さんのところ」
「・・・・・・うん」
からから・・・
引き戸を開けると、おばあちゃんと叔母さんがこっちを見て、さっと立った。
「・・・綾ちゃんの・・・彼氏さん?」
「・・・・・う、うん」
叔母さんがたずねてきた。
「どうも、津川輝です」
「・・・輝くん、か・・・。綾子と誠一さんとは会ったことあったの?」
「うん。一回うちに来たから・・・」
「・・・・そっか。
・・・御母さん、一回綾ちゃんのお家にお邪魔してませんか?」
「・・・・そうね。
・・・・・・・・綾ちゃん、・・・・・・・・ごめんね・・・・」
「・・・・・ううん。
おばあちゃんも、叔母さんも、お父さんも、お母さんも、誰も悪くないよ・・・」
すると、おばあちゃんは涙を流して、
「うん・・・」
とつぶやくように言った。
「・・・じゃあ、綾ちゃん、お邪魔してるね」
「うん」
叔母さんとおばあちゃんは出ていった。
ぱたん。
輝とふたりきりになる。
「・・・・・・人の命ってさ」
輝が言った。
「・・・うん」
「・・・・こんなに・・・・儚いんだな・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・俺、どうしたらいいのか分かんない・・・
こうやって、大切な人失くした時・・・・
・・・・・・どうしたらいいんだよ・・・」
輝が頭を抱えた。
私は輝のことをそっと抱きしめた。
「・・・・・・・ありがとう、輝・・・・・・
・・・・・・・・・」
輝は、私のことを抱きしめ直して、
「・・・・・・・泣いて、・・・・・・くれ・・・」
と、震える声で言った。
きっとそれは、自分が泣いているからじゃなくて、・・・・・
本当は泣きたくて仕方なかった私の心を、見透かしての言葉だと・・・・
私の目から、今までにないくらい涙があふれた。
そう泣いている私を、泣いている輝がきつく抱きしめて。
・・・・お父さん、・・・・お母さん、
・・・・・・今まで、ありがとう・・・・・・・・
***
家に帰ると、おばあちゃんと叔母さんがお葬式の話をしていた。
「ただいま」
「お帰り、綾ちゃん」
「・・・・お葬式の話?」
「・・・うん・・・・。あ、お金はこっちが出すから、安心してね」
「・・・ありがとう・・・」
「・・・・・・・・・・・・それでね、綾ちゃん・・・・」
「・・・・・何?」
「・・・・・・・・・・・・綾ちゃんは・・・・・・転校、なんて・・・・・したくないよね?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・転校?
・・・・・・・・・・・そんなこと、考えてなかった・・・・・
「・・・・ど、どうして・・・?」
「・・・・この家に綾ちゃん独りになっちゃうじゃない・・・・。
この家、ローンはもう払ってあるみたいなんだけど・・・・
大きめだから、土地代とか払ってたのよ・・・・。
綾ちゃん、このまま働かずに土地代払ってたら、お金は出ていくばかりなの」
「・・・・・うん」
「・・・・・・・だから、本当にごめんね・・・・・
綾ちゃんには、私の家かおばあちゃんの家に引き取られることになる」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
・・・・それって、どういうこと・・・・
「・・・・・・転校、するしか・・・・・・・すべはないのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・」
「・・・・・・おばあちゃんのいる新潟に行くか、私の住んでる東京に行くか・・・・
本当にごめんなさい。
・・・・・この家には、もう住めない。
売ったぶんのお金は、綾ちゃんの貯金に入れさせてもらう・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・転校・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は、
輝とも・・亜衣とも、寿々とも、優斗とも、拓くんとも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
「・・・・・・分かった。
・・・・・新潟に行きます」
私の口は、馬鹿正直で。
この人たちに、あまり迷惑をかけたくなくて・・・・
律儀すぎる自分に、少し怒りを覚えて。
そんなときでも、
私の口は自然に動いてしまっていた・・・・・・。
***