7時45分。
お母さんたちの手術が始まってから、8時間以上が過ぎた。
亜衣たちはもう目を覚まし、売店に行ったりご飯を食べたりしていた。
でも、誰も一言も話さなかった。
話したことと言えば、私が謝った時。
それだけ。
・・・・・お父さん、お母さん・・・!!
おばあちゃん達も来ている。
叔母さんはハンカチを握りしめて泣いていたし、
おばあちゃんは疲れたのと不安なので寝ていた。
私には、お母さんの方のおばあちゃんしかいない。
叔母さんは、お父さんの方の叔母さんだけど。
すると、手術室のドアが開いた。
「!!!」
お医者さんが、こめかみを押さえてこちらに来る。
起きているのは私と叔母さんだけだったので、ふたりでお医者さんのほうに歩み寄った。
すると、お医者さんが口を開いて、
「・・・・最善は尽くしました。あとは本人たちの生きる力のみです」
・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?
助かったんじゃないの・・・・?
叔母さんが、私の肩に手を掛けて、うっ、と嗚咽を漏らした。
「・・・・・・・助かったんじゃ・・・・ないんですか・・・」
「・・・・出来る限りのことはしました。しかし、これ以上手術を続けると、本人たちのダメージは免れません・・・」
「・・・・・そんな・・・・!」
「すみません、本当に・・・・・あとは、本当に本人たちの意識と気力のみなんです」
「・・・・・・・・・・っ・・・・」
私は、その場に泣き崩れた。
目を覚ましたおばあちゃんも、私のことを細い腕で力強く抱いた。
優斗も、亜衣も、輝も・・・
みんなが、私のことを抱いた。
***
「・・・・・・・・ん・・・・」
・・・・・どこ・・・・?
コスモス畑の様な、でも向日葵もある・・・・
パンジーも、ガーベラも、マーガレットも、薔薇も・・・
ありとあらゆる種類の花。
一面の花。
自分の格好を見ると、白くて長い、キャミソールワンピースを着ていた。
向こうには、大きな橋。
空には、大きな、大きな虹。
虹の向こうに、目がくらむほどの光・・・・
真ん中に、お父さんとお母さんらしき影。
そして、左端には―――
亡くなった母方のおじいちゃんたち。
同じく亡くなった、父方のおじいちゃんとおばあちゃん。
おいで、おいで・・・・・って、お父さんとお母さんを手招きするみたいに。
私は、一瞬で悟った。
お父さんとお母さんが、”あっち”に行ってしまうと。
私は、お花で囲まれた道を走った。
橋の近くまで来て、橋の階段を渡って・・・・
橋の下には小川があって、さらさらと水が流れている。
私は、誰もいない橋の右端に立った。
そして、精一杯叫んだ。
「お父さん、お母さん!!!!!!!!!」
すると、お父さんとお母さんは振りむいて、力なくほほ笑んだ。
「行かないで、お願い・・・行かないで・・・・!!!!こっちに来て!!!!」
そうしたら、ふたりはまたほほ笑んで、ゆっくりと首を振った。
すると、お父さんの声が”ここ”全てに反響した。
どこまでも続く森の中までも。
遠い遠い、虹の向こうへも。
「・・・・・輝くんと、幸せになるんだよ」
私の目から、大粒の涙が零れ落ちた。
「やだ、やだあああっ!!!!!!お願い行かないで、生きてよ!!!!!!!
死なないでよ!!!!!!!!!やだ、やだやだ・・・・・・・っ、やだああああああああっ!!!!!!!!!」
「綾、あなたは大丈夫。
独りじゃないって、支えてくれる友達がいる。
愛する人がいる。
私たちがいなくても、大丈夫・・・」
「大丈夫じゃない!!!!!!やめてよ、そんなこと言わないで!!!!
どうせこれは夢なの、お母さんたちは死なないの!!!!!!!!!」
「・・・・綾、ごめんな」
私の目からは、涙がとめどなく、滝のように流れ続けていた。
「・・・・・ごめんね、綾・・・・」
すると、お父さんとお母さんが私の近くに寄ってきて、手を伸ばした。
「お母さん、お父さんっ・・・・!!!!!!!!!!」
すると、お父さんが私の頭を、お母さんが私の頬を触って、
「・・・・・・本当にごめんね、・・・・・・・綾」
「・・・・・・・・・すまない。綾・・・・・・・・・・」
ふたりも泣いていた。
「・・・・・・・お母さんたちは、悪くない・・・・・・・・っ、
やだ・・・・・・・・・・・・・、やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・大好きだよ、綾」
「・・・・お前は、私の誇りだ、綾・・・・」
「・・・・・・やだあああああ!!!!!!
行かないで、行かないでっっ・・・・・行かないで!!!!!!!!!!
お願い、行かないで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!!」
すると、ふたりの身体がきらきらと輝いて、透け始めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やだ・・・・・・・・・・・・・・・・・」
光は眩く散っていく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いやっ・・・・・・・、
やだ・・・・・!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
すると、最後にふたりの身体が弾けて消えた。
光は虹の向こうに吸い込まれていくように。
綾は、その場に座り込んだ。
これが、夢だとわかっていても。
・・・・・・・・・・・・・・・いや、
・・・・夢じゃ、ない・・・・
私は、失ったんだ。
お父さんとお母さんを。
あの広い背中と、軟い手のひらを。
あったかい優しさを。
柔らかな家庭を。
家族を。
実の親を。
・・・・・・・・・・・・・・・・・いやだ・・・・・・
やだ、
やだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お父さんも、お母さんも死んでないよ・・・・・・
いやだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ、
「 やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「いや、いやだっ・・・・・・・・・・・・・・・・・
やだぁぁぁぁぁぁっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!」
9月28日。
深夜0時25分。
速水誠一、速水綾子は、
ともに40年の生涯の幕を閉じた。
それはあまりにも残酷で、突然すぎる別れの日。
そして、
この二人の死が、
6人の運命を、奇跡をも引き裂いていく。
***