「はー・・・」
やっと土曜日。
お父さんもお母さんも仕事。
しかも明日まで帰ってこない。
「・・・・亜衣くるみたいだけど・・・」
案の定、亜衣からは皆で来るとメールが入っており、今日は準備万端だった。
しかし寿々と拓は誘われていないようだったので、亜衣に若干の怒りを感じながら皆を待っている午前中、8時半である。
メールには8時半に来ると書いてあった。
考えなおせばよくもこんな時間に他人の家に押し掛けられるものだ。
いくら私が暇だからと言ってこれはないと思う。
部屋でなんとなく座イスに座り、クッションを抱えてぼーっと天井を見ている土曜日の8時半。
いつもなら寝ているのに・・・・それかお風呂で歌を歌ったり本を読んだり壁に貼られた単語カードを暗唱していたりするのに・・・
来るなら来い。早く来い。
すると、なんとまあグッドタイミングで家のチャイムが鳴った。
「・・・・・・亜衣の奴・・・」
机に置かれた電波時計に目をやると、8時41分だった。
11分遅刻・・・
それでも暇だったので内心ほっとしながらも、玄関のドアを開けた。
すると今日は特に水がかかってきたりもせず、普通に亜衣と優斗と輝がいた。
「おはよ」
「朝からごめん、綾」
「亜衣にしては礼儀がなってるじゃない・・・」
「何時起き?」
「6時だよあほ」
「掃除したの?」
「失礼だな掃除してお風呂入って朝ごはん食べて着替えてだよ」
「ごめんな、綾」
「ううん輝も優斗も悪くないし・・・悪いのは亜衣だ!」
「ごめんって!!だって・・・拓と寿々の仲の話どうしてもしたくて・・・」
「だからってなんで私の家なんだ」
「暇そうだから」
「・・・・・・・・・・・・てめぇ・・・・」
朝のテンションのせいもあり、沸々と怒りがわきあがってくる。
そしてここに突っ込み役の寿々がいないのもあって怒りは広がって行くばかりだ。
「ま、お邪魔します!」
「あえ、あ、ちょ・・・!」
「おじゃましまーす」
「邪魔しまっす!」
「はぁ・・・・・・・、ま、どうぞ」
土曜日の朝から亜衣に振り回されて、私のテンションはいきなりガタ落ちした。
***
「そんで?拓くんと寿々の中についてなんですか」
結局私の部屋に集まり、紅茶が置かれたミニテーブルを囲んで座っている。
「あのふたり、どうしたらいいと思う?」
「私たちが首突っ込むことじゃないって拓くん言ってたじゃん」
私が紅茶を一口啜った。
「そーなんだけどー・・・・だってさぁ、あれ女子目線から見ると星野さんじゃなくて拓のほうが悪いし・・・!寿々可哀想じゃん」
「拓は意外と秘密主義だからな・・・・水瀬には話せって俺が言っといたんだけど」
「やっぱ、拓くんってそういうとこあるよねー・・・」
「話せっつっても話さないからな・・・」
輝が呆れたように言う。
「・・・・・でもまぁ、本当にあたしたちが首突っ込んでどうにかなるのかって言ったらまた・・・・ね?」
「・・・んー・・・・ま、そうだねー」
「でも、水瀬だいぶ傷ついてたじゃん。いいの?」
「良くないんだけど。・・・・それが問題?」
「なるほどな・・・水瀬のこと思うと首突っ込みたくなるけど、拓の言葉思い出すと首突っ込めなくなる・・・な」
「んー・・・・」
「星野さんに聞いてみる?」
「嫌だあ!!星野さんとは話したくないの!!」
「なんでそうやってみんな星野さんを目の敵に・・・」
「だって綾、星野さんの小学校時代覚えてないの?今はまだましだけど、どんだけ自己中だったかっ・・・!」
「・・・・・ま、それは見方の違いでしょ?」
「・・・俺がっつり星野のこといじめてた気がする」
「マジでか・・・・・俺全く星野のこと覚えてないんだよなー」
「あー、輝はとくにつっかかってなかった。むしろ綾とか亜衣に手ぇだして弄ってたよ輝」
「うわ、マジか!ぜんっぜん覚えてねー」
「だから、私的に輝の印象ってドSで感じ悪いやつだった」
「うわ、彼女に感じ悪いって思われてたのか(笑)」
「今は違うから大丈夫」
「お、安心」
「はいはいはいそこまで!・・・・どうします?」
「・・・・・どうするって言ったって・・・・・だって、――」
TRRRR。
家の電話が、1階で鳴っていた。
「あ、ごめん」
私は部屋を出て、電話に急ぐ。
受話器を取ると、「はい」と言う間もなく切羽詰まった声が聞こえた。
「もしもし、速水さんのお宅ですか!?」
「・・・・・え、は・・・い」
「至急、松本大学病院に来てください!大至急です!」
「え、あ・・・の・・・・・なんで・・・ですか?」
「速水綾さんですか!?速水誠一さんと速水綾子さんのお子さんですよね!?」
・・・・・・ここにきて、何が何だか悟ることができた。
「・・・はい」
「落ち着いて聞いてください、誠一さんと綾子さんがトラックと衝突事故に遭いました」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
「今手術を行っています。受付に私、田中がいますのでお声をかけて頂ければ」
「・・・・・・・・・はい」
「もしできたら、お父様とお母様の保険証を持ってきていただけますか?」
「・・・・・・・はい」
「それでは、松本大学病院でお待ちしてます!」
がちゃん。
「・・・・・・・・・・・・・・お父さん、お母さん・・・・・・・・!!」
私は皆に話さなければいけないと思った。
少なくとも、この3人には話しておかなくてはいけないと。
ダッシュで階段を駆け上がり、部屋のドアを開けた。
「お父さんとお母さんが、事故・・・・・で・・・・・」
ここまで来て、言葉が出ない。
「・・・・・・え・・・・!?」
3人の驚いた表情が、ぼわんと滲んだ。
「・・・・・・・・・・っ」
駄目。
私がしっかりしなきゃ、誰もいないのに―――――
「行くぞ!!!綾!!!しっかりしろ!!!俺たちがいる!!!お前はひとりじゃない!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・えっ・・・・」
輝が私の肩を揺さぶった。
「そうだよ綾!!!!早く行かなくちゃ!!!何が必要なの!?綾のものは大体分かるから、綾はお父さんたちに必要なもの持ってきて!!」
「綾!!しっかりしろ!!!!俺たちも一緒に行くから!」
亜衣だって、目が潤んでるのに。
輝だって、優斗だって、焦ってるのに。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう・・・・・っ、本当に・・・!!」
「お礼なんていいから早く!!」
「っう、うん・・・!」
「輝はタクシーの手配して!優斗は綾と一緒に下に行って、火の元とか戸締りとか確認して!」
「あ、ああ!」
「分かった!」
私は箪笥をかき回して、ふたりの保険証を探した。
そして、やっと見つけた。
私と、お父さんと、お母さんが3人で最後に旅行に行った時の写真と、保険証。
私はまた涙が零れたのを感じたけど、すぐに握りしめて亜衣が用意してくれた鞄に入れた。
すると輝が手配したタクシーは既に来ていて、私はされるがままにタクシーに乗り、病院に向かった。
***
10分後。
病院に到着した。
すると、受付に電話をしてくれた救急隊員の人が待っていてくれた。
首から下げた札には、「田中」と書いてある。
・・・・・・・本当のことなんだ・・・・
「速水さんですか?」
「はい。速水綾です」
「・・・・後ろのみなさんは?」
「・・・一緒に来てくれた、友達です」
田中さんは一瞬迷ったような表情をしたけど、すぐに取り直って
「分かりました。こちらです」
と、私たちを案内した。
***
まだ手術が終わっていないので、私たちは待合室に取り残された。
手術室の目の前の、待合室。
「手術中」という赤いランプが、悲しげに光っている。
「・・・・・・」
田中さんの話だと、お母さんやお父さんの携帯から、おばあちゃんや叔母さんに連絡を入れてくれたらしい。
優斗は突然のことに疲れたのか、膝に突っ伏して寝ている。
その背中の上に覆いかぶさるかのように、亜衣が目を濡らしたまま寝息を立てていた。
「・・・・・・・綾」
「・・・・・・うん?」
「お前、一人じゃないからな」
「・・・・・・・え?」
輝が、私の手を取って握った。
「・・・・・・・・・お前は、きっと自分がしっかりしなきゃ駄目だって、自分しかいないって思ってるんだろうけど・・・・
違うからな。
俺も、寿々も、拓も、亜衣も、優斗も・・・・皆お前の味方だ。
絶対に離れたりしない。
絶対に一人なんかにしない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・や、やめてよ輝・・・」
「え?」
「しょ、所詮まだ付き合い始めたばっかの・・・・、まだ関係も薄い友達と彼氏彼女なだけなのに・・・・・!
何でそこまでしてくれるの・・・!?」
甘えてしまうから。
頼りにしてしまうから。
優しいことを言わないでほしかった。
「・・・・・・・・・・・・・・馬鹿じゃねーの、お前」
「・・・・・え・・!?」
「俺は、お前を大切にしなさいってお父さんに言われたんだぞ!?
ここで怪我と闘ってるお前のお父さんに!
お前は本当に意味が分からなかったのか!?
こんな時も、助け合って生きて行けって意味だろ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・そ、んな・・・・・・・・深いこと、あのお父さんが言うわけ・・・!」
「少なくとも俺はそう思ってる!信じてる!お父さんが、お前を俺に任せてくれたって」
「・・・・・・・・・・・・そ、ん・・・・な・・・」
すると、輝が私のことを抱きしめた。
「・・・・・・・・ごめん。悪かった・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・泣けよ。
泣け。
いくらでも泣け。
俺はお前が悲しんでるなら少しでも分かち合いたいんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ、ば・・・・・っ・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・っ、ひ・・・っ・・・!!!!!!」
ぼろぼろと涙があふれた。
どうしたらいいのか分からない。
これから、ひとりで生きていかなければいけないなんて。
あの、お母さんの柔らかい笑顔が見れないなんて。
優しい手を触れないなんて。
お父さんの、広い背中に頼れないなんて。
あの低い声で叱られないだなんて。
私と輝を認めてくれたあのお父さんの顔を見れないなんて。
たった何10センチの手術室の壁が、
何千キロも離れて感じた。
でも、
たったひとりの愛しい君が、
私に、独りじゃないと言ってくれているようで。
暖かさが、温もりが、肌の匂いが、唇の感触が、
私を、現実に引き戻してくれていた。
***
デスティニー、ついに起承転結の「承」編です・・・・!
15話ほどで2章は終わり、3章へと変わります!
3章が予測できる方はもう心繋がっちゃってますね、怖いです(笑)
楽しめるような内容ではないですが、よろしければ1ポチお願いします。↓