1700年にロンドンで出版されたロバート・モーデン著の地理書

『Geography Rectified(地理修正)』。

当時の西洋の知識層が目にした正確な世界記録でありながら、

ここには私たちが学校で習う日本史の常識を根底からひっくり返すような、

恐ろしいほどの歴史の矛盾が完全に遺ってしまっています。 

学校の教科書が作った「極東の小さく閉ざされた島国」

という説明の下に隠されていた、当時の日本の生々しい原風景を解説します。

 

 

 1:カリフォルニアと日本が近い? 

現代と違う地球の境界線 本書の日本地理の説明欄には、

現代の地図や世界史の常識からは到底考えられない、

驚くべき地政学的リスク(あるいは当時のリアルな地球の形状)が

記述されています。 

「日本は多くの入り江を持つ島々からなる。

最も裕福な島が『日本(Nippon)』であり、

かつては53の王国に分かれていたが、

現在は『江戸(Jedo)』に壮麗な宮廷を構える一人の君主(将軍)の

手に落ちている。

東はアメリカのカリフォルニアに面しており、4,200マイル離れているが、

一部の地理学者はこれらが繋がっている、

あるいは非常に近いと主張している。

銀山や真珠が豊富である。」 

 

現代の感覚では、太平洋を挟んだ日本とカリフォルニアが

「陸続き、あるいは非常に近い」などというのは荒唐無稽に聞こえます。

しかし、当時の最高峰の地理学者たちの間では、

カリフォルニアと日本が非常に関係性が高い(あるいは直結している)

という認識が公然の事実として議論されていたのです。

 

現在の「切り離された孤立した島国」という日本の配置そのものが、

後世の再編によるものである可能性を示しています。

 

 

 2:当時の日本人は「背が高く頑強な民族」だった 

現代の通説では、江戸時代の日本人は栄養状態などから

「現代人よりもかなり小柄(男性の平均身長は155cm前後)だった」

と教えられます。 

しかし、1700年のリアルタイムの記録はそのお話を完全に覆します。 

当時の日本人を目撃した西洋人は、

その身体的特徴を「一般的に背が高く(tall of Stature)、

がっしりとした頑強な体格をしている」とはっきり書き残しているのです。

12歳から武器の扱いを訓練する非常に屈強な戦士民族として描かれており、

現在の「小柄だった」という定説とは骨格の前提からして全く異なっています。

 

 

 3:歴史から完全に消去された京都近郊の9万戸の巨大都市「デュボ(Dubo)」

 

 本書の解説、そして付属の地図の凡例(インデックス)には、

現代の歴史には一切登場しない謎の巨大都市の名前が明確に刻まれています。

 京都(ミヤコ)から遠くない場所に、

「デュボ(Dubo)」という街があり、

そこには9万戸もの家を抱える「ザッカ(Zaccha)」という

偶像の厳かな超巨大神殿が存在したというのです。

 当時の京都(9万戸)と並び立つほどの、

数十万人規模の神殿都市が近代直前まで存在していながら、

現在の日本史からはその存在自体が跡形もなく抹消されています。 

 

さらに、本州の西端(現在の山口県にあたるエリア)には、

「Amanguchi(アマングチ/山口)」や「Simonofeki(シモノフェキ/下関)」

といった地名が当時から単独でびっしりと地図に書き込まれています。 

海外の地理学者から見ても、中央(江戸)とは独立した非常に強い存在感と、

海外とのつながりを持っていたことが地図からも分かります。 

 

「昔の日本人は小柄だった」「歴史は昔から教科書通りだった」

という現代の思い込み。 当時の一次史料をそのまま読み解くと、

私たちが教えられている世界がいかに後から都合よく再編され、

見た目を整えられたものであるかが、

恐ろしいほどの具体性を持って浮かび上がってきます。