日本の学校では教えてもらえない話だ。
いや、正確に言えば「教えてもらえない」のではなく、
「そう解釈してはいけない」とされてきた話だ。
富本銭という、日本最古の貨幣に刻まれた「夲(ほん)」という字。
「夲」を分解すると「大」と「十」になる。
「大いなる十」——それが「ヤマト」の本当の意味
そしてその「十」という記号が、4000年前のエジプトから始まる、
途方もなく長い旅をしてきた
富本銭は直径2.4センチほどの小さな銅貨だ。
683年、天武天皇が鋳造を命じた日本最古とも言われる貨幣で、
表面に「富本」、裏面に「夲」の文字が刻まれている。
奈良・飛鳥資料館のガラスケースの向こうで、その小さな銅貨を初めて見た時——
私は自分でも驚くほど強く、「これは本物のことだ」と感じた。
しかしなぜ「夲」という文字に、それほど強く反応したのか。
その理由を説明しよう。
貨幣というものには、必ずある種の文字が刻まれる
——世界共通の原則だ。現代の硬貨を見れば「日本国」「百円」と刻まれている。
古代ローマのコインにはカエサルの肖像と名前が刻まれた。
中国の銅銭には王朝の年号が刻まれた。
貨幣を貨幣たらしめているのは、「誰がその価値を保証するか」という権力の刻印だ。国家なり、自治体なり、権力者の名称や象徴が、必ずそこにある。
富本銭を見た時、私はまずそう考えた。
「富本(ふほん)」の「富」は貨幣としての価値を示す言葉だろう。
ではもう一方の「夲」は何か。
これが発行者——つまり当時の国家なり権力者の「名前」か「象徴」のはずだ。
683年、富本銭を鋳造させた権力者は天武天皇だ。
そして天武天皇が自らの国を何と呼んでいたか——
「日夲(やまと)」だ。
「夲」こそが、
天武天皇にとっての「ヤマト(大和)」の正式な文字表記だったのではないか。
そう気づいた瞬間、次の問いが生まれた。
「夲」という文字は、なぜ通常の「本(ほん)」ではないのか。
この一文字の「違い」に、何か重大な意味があるのではないか——
「夲」という文字は、通常の「本(ほん)」とは違う。
「大(大きな)」の下に「十(じゅう)」が配置された構造だ。
漢字辞典を引けば「もと・根本」という意味が出てくる。
しかしその「大いなる十(テン)」という構造が、
4000年前のエジプト・アトン神の「十字のシンボル」と同じ形だと気づいた
この本はその旅の記録だ。
全六巻にわたる旅の、最初の一歩。
舞台は七世紀の飛鳥、奈良。
登場するのは、教科書に書かれた「英雄」たちではない。
教科書が隠した「真の英雄」と、教科書が仕立て上げた「偽の英雄」の物語だ。
むずかしいことは何もない。
ただ、日本書紀に書かれている言葉を、素直に読み返してみる。
それだけで、1300年間見えていなかったものが浮かび上がってくる。
では始めよう。
すべての謎の入口は、たった一言の言葉に刻まれている。
「韓人、鞍作を殺しつ。吾が心痛し」
西暦645年、飛鳥の宮廷で血が流れた日、古人大兄皇子は、ただそう呟いた。