Osho
知性に溢れた人は
既に 死んでいる社会
時代遅れの社会
信仰体系に基づいた迷信を信じている
社会のミスフィットになって当然だ
的確紗になれるのは 知恵遅れの人たちだけだ
あなたは 運がいい
ミスフィットであることは ひとりの個人であることだ
既存の確立された秩序に合わせることは
自分の個としてのありようを失うことだ
そして それが あなたの世界全体だ
妥協し 自分の個としてのありようを失うやいなや
あなたは すべてを失っている 自殺したのだ
世界に合わせている人たちは 自分を破滅させた人たちだ
たしかに それには勇気 自由への途方もない強い感覚が必要だ
さもなければ 全世界を向こう側に回して1人では立てない
だが 全世界を向こう側に回して立つことは
この上ない大いなる喜びの始まり
一度もミスフィットであったことのない者たちは
理解できない喜びであり 至福だ
人間の幸福と この世の美に貢献した人々はみな ミスフィットだった
ミスフィットであること 途方もなく貴重な資質だ
どんな点でも 決して妥協してはいけない
妥協そのものが あなたの破滅の始まりだ
もし 何かが正しいとみたら それに沿っていくがいい
だが あることが正しくないと わかるやいなや
たとえ全世界がそれを正しいと感じていても
あなたにとっては正しくない
そうなったら 自分の立場に固執するがいい
それが あなたにスタミナ 強さ まとまりを与えてくれる
ミスフィットであること エゴイストという意味ではない
もし あなたがエゴイストであれば いずれ妥協する
なんらかの人の集まり なんらかの社会 なんらかの國を見いだし
それが 自分がもっとエゴイスティックになる助けになれば
あなたはすぐ その社会に合わせる
本当の ミスフィットは 謙虚な人だ
誰も その人を取り込めないのは そのためです
その人が自由なのは エゴから解放されているから
どこかで拒絶された人は 誰でも ここでは喜んで迎えられる
というのも 知性 個人としてのありようを持った人しか拒絶されない
というのが わたしの理解だからだ
従順な人 個人としてのありようを持たず
表現の自由をもたず 何にも決してNOと云わない人たちは
いつでもYESと云う用意が出来ている
自分の意志に背いてまで
世間で尊敬されるのは こうした人たちだ
その彼らが 大統領になり 首相になり
ありとあらゆる意味で 尊敬されているが
その理由は単純だ
彼らは自殺しているからだ
彼らは もはや生きていない
化石化しているだけだ
ここでは 人々が生きている
生きている人を ある特定のパターンに適合させることなどできるかね ?
個人はみなユニークだ
それに なぜ他人の雛型に合わさなければならないのかね ?
この世の惨めさすべてを簡単に言い表すことができる
誰もが その人本来のあるべき姿を見いだすことなど
氣にもしていない他人によって切り詰められ
型にはめられ 調えられる
彼らは存在にチャンスが無い
子どもが生まれる
まさにその瞬間から 彼らはその子を駄目にしはじめる
もちろん あらゆる善意でもって
それを意識してやる親はいない が
その親も同じように条件づけられてきた
親は 自分の子どもに 同じ事を繰り返す
他には何も知らないのだ
云うことを聞かない子どもは 絶えず非難される
従順な子どもは 絶えず褒められる
だが 従順な子どもが 創造性の次元で
世界的に有名になったことなど 聞いたことがあるかね ?
従順な子どもが ノーベル賞を受賞したなど聞いたことがあるかね ?
従順な子どもは 一般の群集になるだけだ
存在に付けたされたものすべて
云うことを聞かなかった者だけが 付け足したのだ
ジャン・ポール・サルトル
今世紀の最も重要な人物のひとりは ノーベル賞を辞退した
その理由を聞かれて 彼はこう云った
「 ノーベル賞を受けると ある意味妥協することになる
自分では認めていない社会から ある意味尊敬を受けることになる
おそらくノーベル賞で わたしは弱くなるだろう 」
「 彼らは わたしのことをとても尊敬している
その彼らが信じているあらゆるものに対して
闘いつづけることなどできるだろうか
彼らの神に対して 彼らの道徳に対して 彼らの政治に対して 」
彼は云った
「 ノーベル賞を受けることは 自分を売ることだ
そんなことは わたしには出来ない 」
彼は まったく正しかった
だから いいかね 決して 妥協してはならない
たとえ どんな犠牲を払うとしても
たとえ自分の命を犠牲にしても 妥協してはいけない
妥協した人は 骨抜きにされた人だ
自分の個としてのありよう
そして自由のために死ぬ人は 喜びを持って死ぬ
存在の祝福すべてが その人のものだ
わたしは どこでもたえず ミスフィットとして生きて来た
そして それを徹頭徹尾 余すことなく 楽しんできた
まさに 自分自身であることは 非常に素晴らしい旅だ
あなたは 自分の実存 自分の潜在能力を発見しつづける
そして ある日 この発見が
あなたを自分の実存の究極の開花へと導く
その究極の開花を
わたしは 光明(エンライトメント)と呼んでいる
あなたは 光を放つようになる
