チャオチャオ~ 自由な意志氣である あたちの おともだちぃぃ~ (◕‿◡✿)

 

 

 

 

 

 

 

睦月・晦日

 

迎春を言祝いだのは 数日前のような感覚もあり

はたまた 数か月前のような感覚もあり

なんか どうにも 摩訶不思議な感覚の朝です

 

一月は 行く

二月は 逃げる

三月は 去る

 

時間が 伸びたり 縮んだり 圧縮したり 

どうにもこうにも ついていけへん感じがしとるんは

あたちだけですか ?  ( ꈍᴗꈍ ) おほほほっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙が前提にしているのは

❝ 人が いつか目覚める ❞ ことじゃない

宇宙は 

目覚めない人生 誤魔化したまま終わる人生 

誰かの期待や役割を生きて終わる人生も 全部OKとして成立させている

 

自分に嘘をつきつづける自由も

自分の本質に還る自由も 等しく与えている

 

でも 本質に還る自由を❝ 選んだ瞬間 ❞から

曖昧 中途半端 依存のエネルギーが 同じ場所に置かれなくなる

 

宇宙は 成長を選んだ人を曖昧な場所にはおかない

 

「自分の人生を引き受けない人の世界は

 環境 他者ありき 被害者意識のレールで物語が進む」

 

「自立を選んだ人の世界は その選択に矛盾しない形に整える」

全ての生き方を許容している

誰かの人生を背負わん胃

情や役割で自分を濁さない

という地点に入った人に起きるのは

「まだ ❝自分で選ぶ力❞を使えない魂が

同じ磁場にいつづけられなくなる という 物理現象だ

 

善悪でも 裁きでもなく 共振しなくなっただけ

縁の配置転換が起こってくる

 

魂は こう願っている

 

『  本質で生きる選択をしたい !  』

 

それは 魂は自分の完全な状態を知っているからです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪 ゆき ユキ  雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶

 

雪国の方々の やるせないつぶやきが こだまする 今冬

 

ほんまに ほんまに お見舞い申し上げます

 

「 雪片し これが 冬の仕事 」

「 雪国生まれし運命 」

 

こんな言葉を耳にします

 

数時間ごとに 雪片しをせな 家が雪に埋もれてしまう

老いたわたしには つらすぎる と ぼやかれる 過疎の村人

自分では出来ひんけど 屋根の雪下ろしをせんことには

家内の襖 障子戸が 開かなくなることで

屋根の雪下ろしを迫られる老いた一人暮らし

自分では出来ひんから 誰かにやっていただかんとと 心を痛める

 

若いもんたちが ぎょうさんおる時代なら ともかく

過疎 高齢化 の進む 今

そこを離れる選択肢を選べんものか

地方の田舎の人々の辛抱強さ 我慢強さには 頭が下がるけれど

けれど けれど けれど ・・・

 

都会の片隅に住まう あたちであっても

否応なく 出来ひんことは 増え続ける

そんな自分を明らかにみて 諦めて 手放さなならんことだらけ

老いれば みなそうなっていくんが道理

しがみつくんでのうて 楽になれる選択は できひんものか 。。。。。

 

 

 

 

 

 

雪の中に こんな天使に逢える日は 近いのかなぁ

 

冬の花の美しさは 格別

輝くような黄色は 笑顔にしてくれますよね

思わず 小躍りして 走り出しちゃうかもかも

 

希望の光になってくれる 早春の妖精・福寿草

 

平らけく 安らけく のどかけらまし

祈りを添えて