チャオチャオ~ 

地球の今という特定の時代を選んで来た あたちの おともだちぃぃ~ (◕‿◡✿)

 

 

 

 

 

 

 

 

大木

 

小さな種から 芽を出し 生長して若木になって

時が経ち 大木は朽ちて倒れ 土に還る

やがて 大木があったことすら 忘れ去られる

 

しかし 大木は ただそこに立ち

何かを残そうとはしていない

たとえ その痕跡が無くても

たしかに 大木は 存在していた

 

 

 

 

 

 

 

 

人間も なんら変わらへん

人間は 老いや死を避けることはできひん

そうであれば 受けいれて

美しく散っていくほうが

無駄に抗うよりも ええんちゃうんか ?

 

のうなる瞬間に後悔するかどうかは

いまここの 生きざまにかかっとる

 

現代は 夢や目標を持って生きていくことが

過剰に美化されとる氣がするのは あたちだけですか ?

孤独死 なんていう 憐れみのような言葉が独り歩きすることも

いかがなものかと思うのは あたちだけですか ?

 

若いときに ひたすら駈け抜けた喜怒哀楽の人生も

老いれば 走り続けることは とうてい無理

過去の自分と 今の自分を 比べて

喪失感や 虚無感を持つようになっていきがち

そこから 自分を解放してあげることはできひんか ?

 

夢を追いかけることでのうて

夢から自由にしてあげられへんか ?

 

夢とか 目標とかあることは 

人生の醍醐味のひとつにすぎん

しかも それに執着しつづけておったら

ええ人生とはいえへん

 

むしろ人生後半では

夢 目標を捨てることも大切なこと

見切り 諦観は 自分を救うこと

人生の処世術ちゃうかなぁ

 

今 目の前にあることだけに集中して

今ここを 生ききることができて初めて

心の充足につながる氣がしてきています

 

あたちたちは 急流を流れ下る石ころみたいなもんで

ちょっことずつ 削られながら 下流に流れ

海を目指し そして 水蒸氣になって 空に還る

いまここ 清らな源泉におるなら それを堪能し

ころころころりん 流されて転がっていくのを 面白がって

ゆったり清濁併せた水面を行くのも 謳歌し

置かれた場所を楽しむのみ

壮大なテラ ( 地球 ) の旅

味わい尽くして テラ ( 地球 ) に 感謝して

笑って 天 ( 宇宙 ) へ 還ろう

しずかに しずかに 消えていこう

 

 

 

 

 

 

 

 

過去の栄光にすがるのは 野暮

 

けど 多いね そういう人

権力 権威 栄光 なんかを一度手にされた方は

さらりと それを見切っていくことができひん人だらけ

見ていて 見苦しい (笑)

 

まっ それも その人の自由やから 非難も批判もせぇへんけど

自分は採用せぇへん NO 一択