ひろいもんデス
親子とは?兄弟とはお互いに理解するために存在しているのではないのです。
それはどういうことかと申しますと人間として生まれて来るときに、
親子、きょうだいは、お互いの因縁生を消しやすくするために、
近い場所にいたり、血縁関係でつながっているわけです。
もっと詳しくいえば、
前世では、一番仲の悪かった犬猿の仲であっただりとか
恨みを持って殺し合いをしたような関係の人が現世では親子になるのです。
なぜそうなるか?
それは因縁生が深ければ深いほど、
過去世での摩擦が多ければ多いほど魂が磨かれやすいからです。
ダイヤモンドの原石を磨くのに
それよりも硬い(厳しい)ダイヤで削るようなものなのです。
親や子やきょうだいが、
自分のことを理解してくれて支持をしてくれる人ばかりであれば
居心地は良いのでしょうが、そこで摩擦がなければ、魂の成長は少ないのです。
そしてその相手とは、過去世で恨みを持っているので
いつかは想い出し、そのときの恨みつらみをぶつけて来るのです。
(初めは仲が良い関係でも後から悪くなることがあります)
それが反抗期になることもあるでしょうし、
ちょっとしたことがきっかけで断絶したりもします。
しかし そこでかわいさ余って憎さ百倍になったりだとか
目には目をなどの仕返しをしたのでは、魂を磨くことにはならないのです。
ここで
*愛のキャッチボール* に出てくる文章を抜粋してみます。
肉体を持った人間から愛されなくては心がすまない、というのではなく、
そうした想いは捨てきらなくてはいけません。
実に厳しい文章ですが、その通りなのです。
他人に自分のことを愛して欲しい、わかってもらいたい、
と望むことは真理から外れているのです。
人と人とは愛していくことはもちろん大切なことなのですが、
自分の方から愛してもらうことを望むのは間違っているのです。
それは、本当の愛とは、因縁生を超えたところにあるからです。
因縁生、つまり過去世で起こったことのお互いのあらゆる出来事、
もつれあい、恨みつらみ、どろどろとした感情、
それらのことをすべて許して、おまけに相手に尽して、
過去世であったことを大きな包み込むような慈愛にかえてしまわなければ
因縁生は消えていかないのです。
そこで相手は因縁生を消してもらおうと あなたにぶつかって来る。
感情的になって怒りを露わにしてくる
他人にはみせない潜在意識に溜まった面をあなただけに見せてくる。
それはあなたがその因縁生を受け止めて消してくれることが
本能的にわかっているからです。
それは、あなたの方が魂が古いからです。立派だからです。
真理がわかっているので、精神的に強いのです。
だから相手の業想念を受け止めることが出来るのです。
時々会う友人や知り合いなら業をぶつけることが少ない
親子やきょうだいなら毎日、魂のぶつけ合い、磨き合いができる。
だからそのようになるよう、守護霊様、守護神様が組み合わせて
天界から降ろして下さったのです。
ですから、親子とはきょうだいとは
お互いを理解するために生まれてきたのではないのです。
魂の磨き合い、削り合いと言った方がいいのかもしれません。
それも正確にはお互いではなくどちらかが一方的にぶつけて、
ぶつけられた方はそれに耐えて、そこから真理を学んで、
それから相手を赦すというのが真実なのです。
真理を理解した人は、神さまの心境、
つまり菩薩心になるので、光輝いてくる。
その光を浴びて相手も真理に目覚めてくるのです。(覚醒する)
キリストのように自分が張り付けになっても
相手は真理をしらないのだから許してやってくれという心境になってはじめて、
本当の愛になるのです。
自分が こんなに愛しているのにあの人は私を愛してくれない
などは、厳しいようですが、本当の愛ではないのです。
テレビのニュースなどを観ると親子で殺し合いがあったりだとか、
きょうだいのいさかいが絶えません。
それくらい肉親の関係は因縁生が深いのです。
現世だけでは、理解できないことがたくさんあるのです。
親子、きょうだいが仲良くやっていけることに越したことはありません。
もちろんその方がいいに決まっています。
でもそれは真理を理解した上でのことです。
親子、きょうだいは因縁生を消すために、魂を磨くために生まれあわせてきた。
だから・・・・
お互いを理解しなければならない
仲良くならなければならない
分かり合えるようになりたいとかは違うのです。
それは、無理なことなんだ (自分とは違う人格者だと思うことです)
と一旦、あきらめてしまうことです。 (あきらめるとあきらかになる)
それよりも相手を赦す
相手を大きな愛で包み込むことに意識を持って行った方がよいのです。
あなたを本当に理解してくれるのは肉体の人間ではないのです。
あなたの守護霊、守護神様だけなのです。
なぜなら守護霊、守護神様は本当の魂の親だからです。
肉体界(この世)の親子やきょうだいは仮の親子であり、
仮のきょうだいなのです。