チャオチャオ~ あたちの おともだちぃぃ~ (。◕‿◕。)

 

 

 

ごっきげんさん号・乗務員の おともだちぃぃ~

ご存じやろか (^ε^)♪  気づいてますやろか (^ε^)

 

ごっきげんさん号は 

船 のあのはこふね 船  やってこと ❀(*´▽`*)

 

昔々も 今も これから先 未来も

いつも ずっと 一緒やってこと (^ε^)

 

同じ船に同乗しとっても その船のどこにおるんかで感じ方はちゃうね

窓際から 外を眺めておるんか

甲板で 360度視界におさめておるんか

自室で 読書にふけっておるんか

広間で あまたのイノチたちと交流しとるんか

あなたの選択が あなたの現実を 象り こさえとる

どんな現実のなかにありたいのん ?

 

 

 

 

知性のある人しか、混乱や混沌を覚えないものだ。
osho


自分を明晰だと信じている人達は、実は大きな問題を抱えている。
その明晰さは とても表面的だ。
実のところ、明晰さについては何も知らない。
彼らの言う明晰さは愚かさにすぎない。
混乱は 知性のある人しか覚えないものだ。 
凡人は 微笑みながら、笑いながらお金を貯め、
さらなる 力と名声を求めて闘いながら、生を送り続ける。
彼らを見れば、あなたは少しばかり嫉妬するだろう。
とても自信に満ちているし、幸せそうにも見えるからだ。
あなたはとても混乱しているのに、彼らは自分達の生に確信を持っている。
進むべき方向、ゴールを持ち合わせている。
そこに達する方法を知っているし、梯子を登りすでに到達しつつある。 
だがあなたは、何をすべきか すべきでないかも分からず、

何が正しく 何が間違っているのかも分からず、ただそこに立っているばかりだ。

だが、これはいつものこと。
凡人は 常に確信している。
より知性のある人しか、混乱や混沌を覚えないものだ。 
混乱は 大いなる機会だ。
混乱とは すなわち、マインドではどうにもならないということだ。
あなたが 本当に混乱しているなら、途方もなく価値あることが可能となる。
全くもって混乱しているなら、だんだんあなたはマインドの死に近づいていく。
そして、それは生において起こり得る、最も偉大なことだ。 
マインドが混乱の中にあり、マインドでは どうにもならないということを一度理解すれば、
どれくらい マインドに しがみついていられることだろう。
たとえ落とさなくとも、遅かれ早かれマインドは ひとりでに落ちるだろう。
混乱は 大変 大きく 重いものになり、
その大変な重さゆえに マインドは落ちる。
そして マインドが落ちた時、混乱は消える。 
混乱がある時には、そこに確かさがある。
混乱が消えると、確かさも消える。
あなたは ただ単に明快になる。
明晰なるもの、透明なるものとなる。
その透明性には美しさ、優雅さがある。
それはこの上なく素晴らしい。

それは 人間の生の中で、最も素晴らしい瞬間だ。
人は その有様を映す、まさに鏡だ。
それは 映し出す・・・
方向も、何かをしようという考えも 未来もなく、
十全に 途方もなく 瞬間の中にあるその姿を。 
無心である時、全存在はこの瞬間という一点に集中し始める。


その瞬間は 途方もなく意義深いものとなる。
それには 深さが、高みがある。
神秘が、強烈さがある。
火が、即時性がある。
それは あなたを掴み、所有し、変容させる。
もし マインドを落とせば、物事をありのままに見られるようになる。
あなたは混乱してもいなければ、確かでもない。 
世界は 素晴らしい瞬間の中にある。
自分が 誰であるかを知らなければ、
過去は しがみつく手を失い、人は伝統から引き離される・・・
大きなアイディンティティ(自己同一性)の危機が生じる。
私達は 誰なのだろう?
私達は どうなってしまうのだろう? 
未だ 伝統に根付いている人達は、お決まりの活気のない、死んだ生を送り続ける。

踏み固められた道を歩く時には、確かさを覚える。
とても 多くの人がその道を歩いているからだ。
見知らぬものの中へ動いて行く時には、
ハイウェーも踏み固められた道もない。


あなたは歩いて、自分で道を造らなければならない。
出来合いの道は見つからない。