チャオチャオ~ あたちの おともだちぃぃ~ (。◕‿◕。)

 

 

生きておれば 批判する人には 時々 出逢いますね

それに 傷つくこともありますね

でも その 批判 揶揄 嘲笑 否定は

自分の中にある 無価値感 劣等感 罪悪感 怖れ の映し鏡

映し出して 見せてくれはった人に おおきに

隠れて見えへん ソレを 炙り出して 感じさせてくれはったんやもん

おかげサマンサ (^^

イヤな役目を 担ってくれはって おおきにさん さ~ん 

 

ネガティヴな感覚は 本来の スピリットとしての自分のものではありません

生まれてから 今に至るあいだに 後天的に装着したものです

教育 躾け 道徳 常識なるもの

押し付けられての 後付けのものです

でもまぁ 自分で ソレを採用したから 装着しておるんやけどね (笑)

傷つくことを回避するために 装着を採用したんやよね

 

せやから その傷ついた気持ちを ようよう感じきって

その気持ちを 吐き出して 自分の観念を変えていく

後天的装備を 脱いでいく

劣等感とは どないなこと ?

罪悪感って どんなかんじ ?

自己憐憫って ? 嫉妬って ? 恨みって ?

それを 体験したかっただけやから

それを 感じて 味わってみたかっただけやから

もう 充分 なるまで 感じきるねん

「 あそびをせんとや 生まれこむ ♪♬♫♪ 」

平安の時代から うたわれてきてるもん

そうすることで また一歩 ホンモノの自分に近づく

 

ちなみに 批判 揶揄する人の その言葉は

「 その人が 自分に云うてること 」 でもあるね

だから そっかぁ この人は そうなんやなぁ と 思って見たらええ

あーっ ほんまや という発見もできるかもかも

この仕組みから 逆説的でもありますけど

自分が 誰かや 何かに 何かを思ったときも

自分が 自分に そう思ってる 

自分が 自分に そう云いたいんやと 認められるようになりますやん

まわりてめぐり めぐりて還ってるんやね 

(><) うっふっふ~

 

目につく 誰かは 自分です

 

ホンモノの自分には 劣等感は無い

劣等感が無いから 虚勢も張らんし  卑屈にへりくだったりもせぇへん

威張る人と おどおどペコペコする人は 劣等感繋がりやな

 

この仕組みからして

ホンモノの自分でおれば ホンモノの人

ホンモノの何かと つながるようになるってことや

 

まわりを みてみてーっ

ホンモノ ? !   (笑)

 

 

 

お ま け

 

あっつぅぅぅぅぅぅぅぅ ・・・・・・

あうぅぅぅぅ ・・・ (#`ε´#)

苦手な夏   んとこしょ どっこいしょ (^^ゞ

 

夏の定番 「 冷や汁 」 始めました (^ε^)