チャオチャオ~ あたちの おともだちぃぃ~ (。◕‿◕。)

 

小学校を卒業したとき うれしかったぁ

なぜって ? もう あの まずい給食を食べずにすむこと

どうやって 牛乳をこぼそうか だれに飲んでもらえるやろかと心痛めんとすむこと

これが なによりかにより めちゃ 嬉しかった (笑)

中学 高校と お弁当が 嬉しかった

父の分と一緒に お弁当をこさえるのは あたちの役目やった

夕飯の残りを利用して アレンジしたり こさえたりして

小さな弁当箱に どんなふうに なにを詰めるかを思案して 

手をかけて 時間をかけてするのは  大好きなことやった

出来上がったお弁当の熱冷ましに 開けたまま 放置してあるのを

祖母 母 妹が のぞきこんで

いろんなリアクションや 言葉を発するのも これまた たまらん醍醐味やった

そして 大学生になって 学食という食堂での ランチを楽しみにしとったんやけど

あちゃ ちゃちゃむーん(◞‸ლ)

あたちの口には 合わんかってん

それで あたちの お弁当生活は その後も 継続することになっていきました

あるとき 学食のテーブルで ある青年が云いました

「 学食の料理は なにを食べても旨いなぁ 安くて旨くて ありがたいなぁ 」

大学というところは こういう 未体験ゾーンが ちりばめられておって

大きな ぎょうさんの 気づきを もらえるところが 大事なんやろねぇ

話を聞けば お母さんが料理が苦手で 嫌いで 出来合いのものばかりやったんやと

あたちやったら 自分でするけどなぁ と思いながら ・・・

自分でしたらええ という 発想にならんことが もったいないなぁ しょぼいなぁと思いました

けど ここの料理が おいしい と 感じられる 思える のが不思議やった

なんたって かんたって~ あたちは ここのんあかん で 弁当やもん

あたちには アンラッキーな料理であっても

この目の前の人は 天国にでもおるような テンション ・・・

同じものでも こんなに 人によって ちゃうんやってことはカルチャーショック体験でした

怖れずに申せば 学食の料理は口にしたくないものである あたちと

竜宮城か天国の料理と嬉々としとる 目の前の青年

あたちは ここの料理で 幸せ気分にはなれんけど

この青年は 極楽気分 幸せ満喫しよるんや

うまいこと云われへんけど 恵まれておったからこそ 味わえん 至福感を

この青年は 味わっておる

なんか ひとつ 損したような 妙な気分になったことを 今でも 生々しく 思いだせる

祖母も 母も 料理好きやったし 上手やった

そうでない人がおるってことも 当然なんやろけど  当時のあたちには 衝撃的なことでした

 

こんな文章を見つけました  ほほえましいて  云い得て妙で 膝をポンっと打ちました

 

 

母よ ありがとう。

私が健康にこだわり 体を真剣に考えれられるように

私に食事を作らず 買ってきたものや カップラーメンばかり出して 

アトピーになり苦しませてくれて ありがとう

 

母よ ありがとう 

私が愛に気づくために、悲しみを与えてくれて、ありがとう。

 

母よ ありがとう。

私が光り輝く事に気が付くために、私を認めず褒めず放置してくれて、ありがとう 

 

母よ ありがとう。

子どもに優しい言葉も学校の様子も聞かず勉強しろって言わず放置してくれて、ありがとう

お陰で私は自分の子どもに愛情を注ぐ事を知り、話を聞いて

ご飯を作ってあげれる母になりました

 

母よ ありがとう。

育ててやったのに感謝しろって求めるから、感謝を探して感謝できるようになりました。 

  

逆境って凄いですね。

気が付くために逆境を創り出した自分に驚きます 

そして、悪い母役を演じてもらう魂に感謝です

  

「こんな逆境でも私は悲劇のヒロインではなく、愛と光を世の中に伝えるメッセンジャーなんだ!」て言う設定 

源の魂に「こんなんやからって泣いて悲劇のヒロインなんか演じないからな」 

「逆境、万歳じゃ~」って叫んでおりました。 

万歳=敗北=天にお任せ

 

 

ネガティブ てんこ盛り盛り祭り って時期があります

苦しいて 悲しいて 腹が立つことばかりの時期

つらいから 蓋をしてしまう

しんどいから 無かったことにしてしまう

子どものころから 自分の命を守るために 

身に着けざるをえない環境におられたのかもしれんね

はたまた 八つ当たりしてしまうことがあるとしたら ・・・

 

やっとこ さっとこ~ ひょっとこ~ 

ダークサイドから 満をじして登場してきた

純粋で 一途な かぁいらしい 小さいさんちゃうんかなぁ

認めてほしいのは  おともだちぃぃ~自身

受けとめてもらいたいのは おともだちぃぃ~自身

慰めてもらいたいのも  抱きしめてもらいたいのも

誰でもない おともだちぃぃ~自身

親に対しての 恨みつらみ そねみ として とらえておったかもしれんけど

それ ちゃうんやなぁ~

これほど 長い長い年月を経て 登場してきたのは

今が そのトキやからやね

ネガが わるわるでのうて メッセンジャーなんやと気づけると

思いもかけへん 展開が はじまるんぇ

ネガの原因やった 人 場所 出来事

そんな 憎まれ役を 担ってくれはったものたちに

滂沱の涙の ありがとうで いっぱいになる

その滂沱の涙が おともだちぃぃ~を 真我へとつないでくれる

自分を守るために 身に着けた 鎧兜は 

光に溶けていくのが 見えるかもしれんね

 

そんな体験を くぐりぬけると~

そこは 別世界になっとるはず

点と点がつながり 線となり ひゃっほ~い ^^

線と線がつながり 立体となる ひゃっほ~い ^^

闇でみえなかったけれど ほんまは それは 虹色の輝きを放ってる

 

逆境であっても 悲劇のヒロイン ヒーローにはならん (^ε^)♪

( あのぅ…… それじゃ エゴ受けストーリーにならんやん (笑) )

あははっ  エゴさん かんにんぇ

これからの時代は もうなーっ  うれしい たのしい おもろい いねむりの時代なんや

悲劇ってぇ 受けへん時代になってるんぇ  ほっほっほ~