190815  世界制作  西田幾多郎『弁証法的一般者としての世界』 | 思蓮亭雑録

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我々の自己の底には欲求というものが考えられるが、欲求というものは我々の意識の内から起こるのではない。我々が物の世界に於てあるということから起こるのである、我々が身体を有つということから起こるのである。而して欲求の対象として考えられるものは、単にいわゆる物というものではない。それは表現的なものでなければならない。我々人間が単に生物学的と考えられるならばとにかく、然らざるかぎり我々の欲求というものは社会的・歴史的でなければならない。而して我々は行為によって欲求を満足するということも、何らかの意味において客観的に物を変ずる。物を造るという意味を有っていなければならない。それは社会的・歴史的世界の出来事の意味を有っていなければならない。我々の行為というものがすべて表現作用の意義を有し、世界が世界自身を限定するということから考えられる所以である。82

―西田幾多郎『弁証法的一般者としての世界』



 欲求は私の内にあって私を超えたものである。思考して、計算して、判断してから依求する者はいない。欲求は起こる。その主語は「私」でななく、「それ」である。私は反省し、欲求の動機らしきものを同定してそれを手なずけようとするが、無駄である。西田が云うように物が私を唆すのだ。だが、欲求の対象は単に物だろうか。私が水を飲みたいとグラスに手を伸ばすとき、私の欲求の対象は単なる水であろうか。もちろん、そうではあろう。だが、黄金虫が電灯に向って飛んでいるとき、我々はそれを黄金虫が欲求を満たすために行為していると言うだろうか。それは断念のない反応ではないだろうか。それは光る電灯という物に張り付いてしまっている。むしろそこでは電球は物ですらないだろう。それに対して欲求には断念の可能性が、ある間隙が、距離がある。確かに私は水を飲んで欲求を満たすことができるように思う。しかし、それでもやはり物は私を凌駕する、私の手の届かない何ものかではないだろうか。それ故にこそ、我々は物自体といったものを考えるのではないだろうか。私が物に到達しないように思われるのはそれが無限の彼方にあるからではないく、単にないからではないだろうか。ないからこそ物は無限に私を唆すのではないだろうか。私は私の欲求を私のものでありながら私を超えたものであるように感じるのは、それが単に生物学的な反応を超えて無に唆されているからではないだろうか。差し当たり欲求の対象のように考えられる単なる物は記号である。記号の意味は示差的なものであるとすれば、記号は結局無の記号、究極的には無の表現であろう。謂わば私は無によって唆されていると言えるかもしれない。それ故、欲求には終わりがない。物即ち記号の意味が示差性であるということはそれが社会的・歴史的に限定されているということである。従って、欲求を充足しようとする私の行為自身も記号であり、表現である。私が渇きを癒そうと水のペットボトルに手を伸ばすとき。どのブランドのペットボトルを掴むかによって私の行為の表現的意味は異なる。行為自身が表現的であるという意味に於いて行為は記号の消費であると同時に記号の生産でもある。そして世界の世界性が記号の体系と考えられるならば、行為はそれ自体世界制作だと理解できる。行為はノエシス的には個的限定であるが、ノエマ的に記号の生産として世界制作である。その両方向は表裏一体のものであって、そのようなものとして私の経験を形成する。即ち、私の経験は世界に重なるのであり、そのようなものとして私が行為するとは経験としての世界が世界自身を限定するということである。

 

A protester holds up a placard which roughly translates as “policeman give the eye back” outside the Hong Kong International Airport as protesters retreat during a demonstration on August 12, 2019 in Hong Kong, China. Pro-democracy protesters have continued rallies on the streets of Hong Kong against a controversial extradition bill since 9 June as the city plunged into crisis after waves of demonstrations and several violent clashes. Hong Kong's Chief Executive Carrie Lam apologized for introducing the bill and declared it “dead”, however protesters have continued to draw large crowds with demands for Lam's resignation and completely withdraw the bill. (Photo by Anthony Kwan/Getty Images)