この記事は、2018年に書いた記事を加筆修正したものです。
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長く保育現場で子どもたちを見てきて感じるのは、
「私を見て!僕を見て!」
とココロの叫びを色んな方法で訴えてくる子が、年々増えてきているなぁということ。
そしてその子どものママ達もまた、
「自分をわかって欲しい」
「大事にして欲しい」
とココロの悲鳴をあげていることが多いです。

保育園に通う2歳児のHちゃんは、3人年子の長女。
親の愛情を独り占めする期間が短いまま、あっという間に「お姉ちゃん」になってしまいました。
そんなHちゃんは、誰かにかまって欲しくて、大事にして欲しくて、
毎日泣いたり叫んだり、わざと大人の気を引くようなことをして見せます。
先日、給食のとき大声で「抱っこして」と泣き叫ぶHちゃんの声が聴こえたので、保育室に行って見ました。
上着を脱ぎ捨て、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていたHちゃん。
先生達も一生懸命声をかけ、関わってくれているのですが、叫び声はとまりません。
そんなHちゃんを心から愛おしく感じた私は、側に行き
「可愛い顔がぐちゃぐちゃになっちゃったね」
と言って涙を鼻を拭きました。
Hちゃんは叫ぶのをやめ、私の顔をじっと見つめてきました。
「先生、わかってくれる?私ね、淋しいの」
私にはそんなふうにHちゃんが言っているように思え、
「悲しかったかぁ」
と呟きそっと抱きしめました。
「先生、食べさせて」
と言うので、
「いいよ」
と言って給食を口に運んであげました。
いつも食べ物をぐちゃぐちゃにし、投げ捨て残すらしいのですが、その日は全部食べ終えました。
次の日もまた側に行き、
「先生ね、Hちゃんのこと大好き」
と言って抱きしめたあと、泣くこともなく食べ終えました。
私が保育に入りすぎると、先生達がやりにくいだろうなと思い、3日目は遠くから見守っていました。
「先生~!!」
と手を振り、私も
「Hちゃん~」
と振りかえす。
私が行かなくても落ち着いてきたようです。
昨日は玄関で靴を履こうとしたHちゃんが、
「先生靴下履かせて」
と言うので手伝ってあげました。
目をじっと見て
「ありがとう」
と呟いたHちゃん。
ココロが安定しているのを感じました。
Hちゃんは、愛が欲しくて仕方なかったのです。
誰かに愛して欲しかった。
誰かに
「あなたのことが大好きだよ。大事だよ」
と言って欲しかった。
でも、大人を困らせるようなことが多いHちゃは、どうしても叱られることばかり。
「誰か、私を愛して。大事にして。」
そのココロの声が届くまで、Hちゃんは叫び続けていたのだと思います。
やっとその声に気づいてもらえたことで、Hちゃんの愛情枯渇は充電され、落ち着いたのかもしれません。
本当は、私達大人も同じかもしれません。
世の中で上手く生きていくために、
自分を繕い演じ、本当の自分をどこかに置いてきた私達。
本当の自分が何を思い、何を感じるのかすらわからなくなった私達大人。
でもココロの湖は枯渇していて、
「誰か本当の私をわかってほしい。大事にしてほしい。」
と常に叫んでいて。
枯渇した湖を愛で満たしたくて、
いつも誰かの愛を欲している、
「愛をください症候群」
の大人たち。
本当は、子ども達のように素直に泣いたり叫んだりすればいいんだけど、そんなこと出来なくなった大人たち。
愛を求めていることを隠したまま、
自分を偽り大きく見せたり、
リア充演じたり、
誰かに依存したり。
ややこしいね。めんどくさいね。
そんなことしなくても、
こうやって泣けばいいんだよ。
叫べばいいんだよ。
子どもが教えてくれているような気がします。
Hちゃんは、泣き叫んだことで気づいてもらえ愛を充電できたけど、本当は。
私達大人は、自分で愛情の充電が出来るんだよ。
誰かに満たしてもらおうとしなくても、
自分が自分を愛してあげるれば、
愛の充電満タンになるんだよ。
それが難しくなっている大人たち。
難しくしているのは、きっと自分。
「愛をください症候群」
実は一番愛を欲しがっていたのは、自分自身。
自分自身に一番愛されたいんだよ。
いつか、世の中の大人たちみんなが、それを思い出せるといいな。





