ママのセラピーブログ

ママのセラピーブログ

長年の保育士経験から感じたことなど、ママや保育士さんへのメッセージとして綴ります。

また、自宅で開設している『子育てサロンひみつきち』の様子も紹介しています。

この記事は、2018年に書いた記事を加筆修正したものです。


🔸🔸🔸🔸🔸


長く保育現場で子どもたちを見てきて感じるのは、

 

「私を見て!僕を見て!」

 

とココロの叫びを色んな方法で訴えてくる子が、年々増えてきているなぁということ。

 

そしてその子どものママ達もまた、

 

「自分をわかって欲しい」


「大事にして欲しい」

 

とココロの悲鳴をあげていることが多いです。

 


保育園に通う2歳児のHちゃんは、3人年子の長女。

 

親の愛情を独り占めする期間が短いまま、あっという間に「お姉ちゃん」になってしまいました。

 

そんなHちゃんは、誰かにかまって欲しくて、大事にして欲しくて、

 

毎日泣いたり叫んだり、わざと大人の気を引くようなことをして見せます。

 

先日、給食のとき大声で「抱っこして」と泣き叫ぶHちゃんの声が聴こえたので、保育室に行って見ました。

 

上着を脱ぎ捨て、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていたHちゃん。

 

先生達も一生懸命声をかけ、関わってくれているのですが、叫び声はとまりません。

 

そんなHちゃんを心から愛おしく感じた私は、側に行き

 

「可愛い顔がぐちゃぐちゃになっちゃったね」

 

と言って涙を鼻を拭きました。

 

Hちゃんは叫ぶのをやめ、私の顔をじっと見つめてきました。

 

「先生、わかってくれる?私ね、淋しいの」

 

私にはそんなふうにHちゃんが言っているように思え、

 

「悲しかったかぁ」


と呟きそっと抱きしめました。

 

「先生、食べさせて」


と言うので、


「いいよ」


と言って給食を口に運んであげました。

 

いつも食べ物をぐちゃぐちゃにし、投げ捨て残すらしいのですが、その日は全部食べ終えました。

 

次の日もまた側に行き、

 

「先生ね、Hちゃんのこと大好き」

 

と言って抱きしめたあと、泣くこともなく食べ終えました。

 

私が保育に入りすぎると、先生達がやりにくいだろうなと思い、3日目は遠くから見守っていました。

 

「先生~!!」


と手を振り、私も


「Hちゃん~」


と振りかえす。

 

私が行かなくても落ち着いてきたようです。

 

昨日は玄関で靴を履こうとしたHちゃんが、


「先生靴下履かせて」


と言うので手伝ってあげました。

 

目をじっと見て


「ありがとう」


と呟いたHちゃん。

 

ココロが安定しているのを感じました。

 

Hちゃんは、愛が欲しくて仕方なかったのです。

 

誰かに愛して欲しかった。

 

誰かに


「あなたのことが大好きだよ。大事だよ」


と言って欲しかった。

 

でも、大人を困らせるようなことが多いHちゃは、どうしても叱られることばかり。

 

「誰か、私を愛して。大事にして。」

 

そのココロの声が届くまで、Hちゃんは叫び続けていたのだと思います。

 

やっとその声に気づいてもらえたことで、Hちゃんの愛情枯渇は充電され、落ち着いたのかもしれません。

 




 

本当は、私達大人も同じかもしれません。

 

世の中で上手く生きていくために、


自分を繕い演じ、本当の自分をどこかに置いてきた私達。

 

本当の自分が何を思い、何を感じるのかすらわからなくなった私達大人。

 

でもココロの湖は枯渇していて、

 

「誰か本当の私をわかってほしい。大事にしてほしい。」

 

と常に叫んでいて。


枯渇した湖を愛で満たしたくて、


いつも誰かの愛を欲している、

 

「愛をください症候群」


の大人たち。

 

本当は、子ども達のように素直に泣いたり叫んだりすればいいんだけど、そんなこと出来なくなった大人たち。

 

愛を求めていることを隠したまま、


自分を偽り大きく見せたり、


リア充演じたり、


誰かに依存したり。

 

ややこしいね。めんどくさいね。

 

そんなことしなくても、


こうやって泣けばいいんだよ。


叫べばいいんだよ。

 

子どもが教えてくれているような気がします。

 

Hちゃんは、泣き叫んだことで気づいてもらえ愛を充電できたけど、本当は。

 

私達大人は、自分で愛情の充電が出来るんだよ。

 

誰かに満たしてもらおうとしなくても、

 

自分が自分を愛してあげるれば、

 

愛の充電満タンになるんだよ。

 

それが難しくなっている大人たち。

 

難しくしているのは、きっと自分。

 

「愛をください症候群」

 

実は一番愛を欲しがっていたのは、自分自身。

 

自分自身に一番愛されたいんだよ。

 

いつか、世の中の大人たちみんなが、それを思い出せるといいな。


この記事は、2016年7月に書いた記事を加筆修正したものです。

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保育園やサロンで関らせて頂いたママたちの中に

「親の呪縛」

から抜け出せず苦しんでいる方が、わりと多くみられました。

子育てをする中で浮き彫りになってくる、自分の育ちの中に残したままの心の傷。

その多くが、

母親との関係に苦しみ、母親という楔から抜け出せないでいるようでした。

いわゆる傷ついたままのインナーチャイルドがいるのかもしれません。

私も親との関係には長年悩み苦しんできました。

今はわりと前向きで自由に生きている私なので、親との関係もクリアになっていると思われがちですが。

母親の考え方や私との関係は、あまり変わっていません。

変わったのは私自身が

「親の人生と自分の人生の境界線を引いた」

ことです。

一人っ子、ひとりむすめの私は、長年この境界線が引けずにいました。

自分が親の面倒を見ないといけない

家を見ないといけない

跡をつがないといけない

自分が親を幸せにしなくてはいけない

自分が親より幸せになってはいけない


こんな呪縛にずっとずっと苦しんできました。

本当はこの呪縛は自分が作ったもので、いつでも抜け出せたのに。

自分で

「抜け出せない」

と決めてしまっていたように思います。

私がこの呪縛から抜け出せし、親の人生との境界線を引く決意をしたのはわりと最近です。

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数年前動けなくなった母を、叔母の協力を得ながら実家で介護していた時のことです。

私は、母親の何でも人に依存し甘えるところが苦手でした。

短気な父、両親の喧嘩、親の過度な期待と束縛。

時に手をあげてしまう父から、母を守らないといけないという義務感。

相談できるきょうだいもいませんし、誰かに甘えることが苦手な私は、苦しい気持ちを一人で抱え続けていました。

そして物心ついた頃から、私の人生は

「親の願いを叶えるため」

「母親を救うため」

の人生になっていたように思います。


母が父に怒鳴られているを見ては、泣きながら

「許してあげて」

と父に頭を下げ、何度も母を連れて家を出て、そのたびに新しい住まいを借り。

それなのに結局母は父のもとに戻っていく。
その繰り返し。

私はずっと一人で悩み苦しんできた上に、母の人生まで引き受けてきた。

それなのに母は底無し沼のように甘え依存してくる。

自分の人生を自分で生きられない人。

そう思い込んでいた私は、それまで抱えていた感情が、介護中に一気に吹き出したのです。

動けなくなり弱った母に向かって、ためていた感情がとめどなく吹き出してしまったのです。

「私だってずっと甘えたかったのに甘えられなかった!」

「ずっと一人で抱え一人で苦しんできた!」

そんな思いを吐き出し始めたら止まらなくなってしまったのです。

きっと私の中に

「母に愛されたい」

「母に認めてほしい」


そんな気持ちがあったのだと思います。
幼い頃からずっと。

弱った母を罵倒してしまったあと、そんな自分を責め涙が止まらなくなる。

こんな繰り返しが3年くらい続きました。

私の中でくすぶっていた感情、我慢していた気持ちを全て母に出しきり。

いくら母に思いを伝えてもわかってはもらえないことにも気づき。

やっと私は

「母親の人生と自分の人生の境界線を引く決意」

をしたのです。

もうこれ以上傷つけ合いたくありませんでしたし、ほぼ歩けなくなり自宅介護の限界もきていたので、施設でお世話になるという選択をしました。

私の人生は

母を助けるため

母を幸せにしてあげるため

そのための人生だと思っていた私にとっては苦しい選択でした。

でももう私も限界でした。

もう若くはなくなってきた私は

「私は私の人生を生きたい」

そう思い、初めて自分を優先しました。

母が施設に入ってしばらくは泣きました。

母を捨てたのではないかという罪悪感。

母を幸せにできなかったという罪悪感。

罪悪感で泣きました。

そして離れて初めて気づいたのです。

「私は、やっぱりお母さんのことが好きだ」

と。

認めてもらえなくても
自分が思うように愛されなくても。

私にとって大事な人なんだ。

離れたことでそれに気づけた私は

「今まで沢山嫌なこと言ってごめん。でも嫌いで言ったわけじゃないんよ」

と母に素直に伝えれたのです。

母は

「わかっとる」

そうひとこと言って涙を流していました。

もう母の人生を背負って自分を傷つけるのはやめよう。

自分を傷つければ傷つけるほど、母を傷つけることにもなる。

まずは、私が幸せでいよう。

それが母にとっての幸せかもしれない。

境界線を引いて3年が経ちました。

完全には引けていないし、未だに心のどこかで

母をおいて自分が幸せになってはいけない

そんな気持ちもあります。

でもこうした感情が全てクリアにならないといけないとは思っていません。

親のことは最後の最後まで引きずりがちなもの。

全てクリアになってないけど。

私の中で

親の人生と自分の人生の境界線を引けた

それだけで大きな前進。

冷たい娘と思われるかもしれないけど。

母の人生を私が代わりに運転してあげることは出来ないのです。

ナビはしてあげられても、運転するのは母しかいません。


今まで沢山のナビを母に提示してきましたが、ナビを持ったまま何処にもいかないという選択をしたのは母自身。

母が自分で選んだ生き方。

それ以上私にはどうすることも出来ないのです。

私はそんな母から沢山のことを学びました。

ある意味反面教師として。

それを見せてくれた母に、父に。

今では心から感謝しています。

一人で苦しんできた過去があるから、私は強くなりました。

悩み傷ついた日々があるから、人の痛みがわかるようになりました。

両親が反面教師として私に残してくれたギフトなのかもしれません。

親の呪縛から抜け出すのも。

親との境界線を引くのも。

それが出来るのは自分しかいないのですから。


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2023年、母は永眠しました。
最期は、安心しきったような微笑みを私に見せてくれました。

この記事を書いたあとにも、母との関係に変化がありました。また後日載せるかもしれません。

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(※この記事は2014年10月に書いたものを、加筆訂正したものです)


コレなんだと思います? 色鉛筆のセットです

なんと72色もあります。


10年まえくらいに通信の色鉛筆講座をやってて、その時についてきたシロモノです

絵を描くことは「得意」じゃないけど、「好き」です💕

好きだから、色鉛筆講座もやってみたりしました(続かなかったけど😂)



でも私は、長年「絵を描くこと」に対してすごく抵抗があり、「苦手」「嫌い」と思い込んでいました。


「絵が苦手。嫌い。」になったきっかけは、小学4年生のとき。


お話の絵をなかなかかけずに真っ白い画用紙のまま悩んでいた私に、先生がひとこと。



「何してるの?なんでもいいから、早く描きなさい」

そう言ったあのひとことです。今でも覚えてます。


先生は私の絵を見て「へた」とかいったわけでもないのに、

自分の中であの描けない苦痛と

先生のプレッシャーかける言葉で、


「私は絵が苦手。嫌い」

という「思い込み」を作ってしまったようです。



こういうことっていっぱいありますよね。

「どうせ私なんて~だ」と思うきっかけって、

「他人」から受けた言動であることが多いですよね



でも、それは「他人」が感じることであって、「自分」が感じることではないのにね。

「他人」の評価を「自分の評価」に摩り替えてしまって、

「どうせ」な自分を「自分で」作り上げちゃってきてる。


ピアノが苦手。と思ったのも、幼稚園のとき、めっちゃ怖いピアノの先生に「音感がない」とダメだしされ、スパルタなレッスンを受けたことがきっかけ。



「何をやっても人には追いつけない」と思ってしまうクセも、幼い頃ソロバンでどんなに優秀な成績を残しても褒めてもらえず、常に「まだまだ」を両親から求められたことがきっかけ。

そんなふうに、全部なにかしら「他人」の言動で受けた感情によって

「どうせ」な自分が出来上がっちゃってるんですよね。



で、色鉛筆を始める少し前に、体調を崩して仕事を休んでいたときがあって。



その時なんだか「絵を描きたい」と思って、色鉛筆で庭に咲く花を描いたんですよ。

その横に得意の詩も添えて。

「なんだ・・・・私、絵を描くこと好きじゃん💕」


そう気づきました。とってもほっこりする絵だったので、リビングに貼ってたら、おばが「ゆみちゃんが描いたの?」と聴き、少しこの絵を貸してくれといって持ち帰ったのです。


数日後おばが「ゆみちゃん、あの絵を知り合いの児童画家さんに見せたら、泣いて感動しておられたよ。”愛が伝わってくる”って言って。」と。

そうだ!

「上手・下手」とか「得意・不得意」じゃないんだ



「自分が」好きかどうか?

描きたいかどうか?

それだけなんだな。


そう感じました。



他人の言動に振り回されて、勝手に思い込みの枠を作ってしまって、

「どうせ~な私」の虚像を作ってしまいがちだけど、


本当の自分は
自分しか知らないもんね。



「自分が」何を好きで、何をしたくて、何を望んでいるのか。

「他人」が決めることじゃない。他人に決めてもらうことじゃない。

知ってるのは「自分だけ」。



だからもう 


「どうせ私なんて」の枠は「自分で」外そう。

自分が勝手に作った枠なんだから。

 

いつもブログを読んで頂き、ありがとうございますニコニコ

今日は、このブログで一番多く読まれている記事を、ご紹介します。

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読者のAさんからこんなメールを頂きました。

(前略)私、結構スマホいじる方だと思います。。恥ずかしながら子供の前でも。

このくらい大丈夫だろうとつい自分にあまあまになってしまっています。

○○さんのブログを見て反省したと同時に自分のしたことへの恐怖も感じました。

そこで保育に関してプロであるゆみっちさんから、スマホと育児に関することを深くお聞きしてみたくなりました。(後略)

Aさん、いつもご意見やご感想をありがとうございます。

一昔前(私達世代)はネットもまだ普及していませんでしたが、それでも

「テレビに子守をさせるな」

「授乳中はテレビを見ながらでなく、子どもの目を見て授乳しましょう」

などの警告は出されていたように思います。

それが今や、手軽にいつでも片手操作一つで様々な情報を得ることが出来だし、

孤独を感じればネットの中で誰かと簡単に繋がれるようになりました。

特に子育て中のママは、

一人で育児をしている感覚や、

社会から取り残されたような感覚になり、

ネットに居場所を求めたりしがちになるのかもしれませんね。

よく見かけますね。

子どもを全然見てなくて、スマホに必死なママ。

その時子どもはどこを見ているのでしょうね。

きっと、自分をみてほしくてママのことを見ています。

自分の言葉を聴いてほしくて、ママのことを見ています。

でもママのココロは、スマホにいっていて、子どもには向いていません。

空返事をしてみたって、子どもはわかっています。

「自分のこと見てくれてない。聴いてくれてない」って。

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「育てたように、子は育つ」

よく聞く言葉ですが、まさにそうです。

子どもに意識を向けず、

ネットに意識を向け、

子どもの思いや言葉を聴かずに育てれば、

子どもが大きくなった時、

逆のことが起こる可能性が高いです。

ママの話は無視。

スマホばっかりいじってる。

話しかけても聞いていない。

こっちを見向きもしない。

みんな自分がしてきたことです。

そのまま自分に返ってくるかもしれません。

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我が家の近所のママさんは毎日大声で子どもを怒鳴っています。

「怒鳴りすぎだろ・・・子ども、大丈夫かな?」

なんて要らぬ心配をしていましたが、昨日この親子の会話を聞いて心が温まりました。

庭掃除をしていたらしきママは相変わらず子どもに文句を言っていました。

それでも子どもは「おか~しゃん」と言って一生懸命話をしていました。

「もう、ゆっくりコーヒー飲もうと思ったのに、あんたが呼ぶから飲めんかったが~!」

と大声で文句をいいつつも、

「お兄ちゃんに置いていかれたんか。男の子ばっかりだしなぁ。そりゃ嫌だわなぁ」

なんて独り言みたいにつぶやいておられ、子どもが

「うん。男ばっかり。おか~しゃん・・」

と言ってる側で

「ちょっと!あんたもこの草抜いて、トントンってしてよ!」

なんて無茶なことを言ってたママ(笑)

一見ぶっきらぼうで、怒鳴ってばかりの「鬼ママ」に思えるかもしれませんが、

このママは器用ではないけど、

ちゃんと子どもと向き合っているのだなぁ

と感じました。

いつも怒鳴ってしまうかもしれない。

子どもに優しい言葉や、うまい言葉かけが出来ないかもしれない。

子どもを泣かせてしまうこともあるかもしれない。

それでもこのママはいつも、必死に子どもと向き合っている気がするのです。

それでうまくいかず、イライラをぶつけてしまっているようですが、逃げずに子どもとガチンコで関わっています。

この親子のやり取りを聞いて(盗み聞きではないのですが、声が大きいから聞こえてきてしまいます(笑)旦那に

「このお母さん、不器用だけどまっすぐで、一生懸命子どもと向き合っているね。

子どももどんなに怒られてもお母さんが好きな感じが伝わってくるわ」

と言うと旦那が

「そうだな。スマホばっかりいじって、子どものことを見てないお母さんよりいいんじゃないか」

と言っていて、あぁ確かにそうかもと思いました。

子どもは怒鳴られまくって悲しい思いをする時もあるけど、それでも確かにママは

「自分と正面から向き合ってくれている」

「自分の言葉を聴き、自分のことを見てくれている」

そう感じるのではないでしょうか?

スマホをいじっててこっちを向いてくれないママに、

そんなことを感じるでしょうか?

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だからといって、完璧に手放すなんて今の時代無理ですよね。

私も側にスマホを置いていたらついつい見てしまいます。

わりと、みんなそうなんじゃないかな?

あると見る。

あると触る。

だから、せめて子どもと遊んでいる時間は、

スマホを見えないところに置いてしまうなどして

視野から外すといいかもしれないですね。

私も着信音だけは最大にしておいて、

廊下に置きっぱなしにし、

目に入らない場所にスマホを置いて1日を過ごしたことがあります。

意識が「現実」や「今」に向くので、

なんだか逆に新鮮でしたよ。

便利になったこの時代。

何を取り入れ何を手放すのか。

選択は全て自分次第ですね。


この記事は、2017年8月に書いた記事を、加筆修正したものです。

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この記事は2015年4月に書いた記事を、加筆修正したものです。

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新学期が始まり、進級や進学で新しい環境になったお子さんに対して

「うちの子、大丈夫かな?」

と心配になってしまい、心が落ち着かないママはいませんか?

実は私も「超」がつくほどの心配性でした。

母親がかなりの心配性で、

”あれは危ないからやっちゃダメ!”

”~になったら、どうしよう”

と悪い予測をするのが得意で、いつも私に対してそういう言葉かけをしてきました。

もちろんそれは、子どもを愛するが故の言葉なのだと今ならわかるのですが、

それが私の心に大きな

「思い込み」

を植えつけたようです。

「世の中、怖いことだらけだ」

「何かよくないことが起こったらどうしよう」

と不安や恐怖の感情を常に抱えることが、癖になっていました。

しかし、様々な経験やお試し大魔王からの学びにより、

「ま、いいかっ」

と思えることが増えたのですが、今だに抱えているのが

「愛犬への心配」

先代わんこのラヴは誤飲が発端の事故で、1歳半という若さで亡くなってしまいました。

生前からラヴを見てるだけでなぜか涙がでてきたり、

泣いている私の心を知っているかのように

「大丈夫、ボクがいるよ」

と涙をなめてくれたりと、

ラヴとは何か

目に見えない深い繋がり

が、あるような気がしていました。

今考えるとラヴは私の

「母親への呪縛」

を解くためにやってきて、私に気づきを与えるために亡くなったように思うのですが。

当時はそう感じていても、悲しくて悲しくて生きている心地がしませんでした。

ラヴの死により私はペットロスに陥り、食欲もなくなり体重もかなりおちてしまいました。

そんな私を見てか、はたまた自分自身も立ち直るきっかけが欲しかったのか、

旦那がラヴの血をひくわんこを連れて帰ってきました。

それが、現在のわんこルナ。

なんだか複雑な心境ではありましたが、たちまち犬育てが始まり、少しずつ悲しみから立ち直り始めました。

しかし・・・・。

私は、外見がラヴと同じルナにラヴを重ねてしまっていました。

と、同時に

「もうあんな死なせ方をしちゃいけない」

という過度なプレッシャーが自分の中にあり、ついつい

「これはダメ」「あれも心配」・・・

という思いでルナに関わってしまうようになっていきました。

その結果、怖がりで散歩すらできない、臆病でしつけもできてないダメダメわんこになってしまいました。

ルナはアレルギーがあり、毎月病院に通っているのですが、

院長先生がルナより私を心配して(笑)いつも色々なアドバイスをしてくださっていました。

しかし、そのアドバイスもなんだかうわの空で、

「でも、ルナは~できない」

と決めてかかって諦めてしまっていました。

そんなある日、先生にラヴのトラウマのことを初めて話してみました。

「そうか・・・そういうことがあったのなら今のゆみっちさんの言動がなんとなくわかるなぁ」

と言われてうえで

「でもね、犬も生きてたら誤飲もするし、病気もする。

それは仕方ないこと。

そうなったら、そうなったときに考えればいいですよ

といわれその一言を聞いたとき、

「あ、そうか。信頼すればいいんだ」

と思いました。

多分私は、この先生のことも一緒に世話をしてる家族のことも信頼してなかったし、まして頼ってなかったのだと思います。

「私が」なんとかしなきゃいけない。

いつもそう思って自分に負荷をかけ、いらない心配をし、パニくりヘトヘトになってたのかもしれません。

「何かあれば、こんなに親身になってくれる先生がいる。信頼すればいいんだ。」

「自分ひとりで抱え込まず、家族に協力してもらえばいいんだ!」

そう自分の中で腑に落ちたとき、なんだか妙にすっきりして。

いつもなら病院の道中にワンワンいいまくるルナに振り回されてしまうのに、

その日は全然気にならず結果ルナもおとなしくしてました。

ルナは「私の心の映し鏡」だったのかもしれません。

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以前読んだ本に、こんなことが書かれていました。

「宇宙を信頼する」

著者が奥さんとダイビングをしていた時、なかなか潜れずにいた奥さんにインストラクターが

「ボンベを信頼してください」

と言われたそうで、その言葉通りにした著者は普通に出来たけど、

信頼できなかった奥さんは最後まで潜れなかったそうです。

それを受けて

「水中でボンベを信頼しない嫁さんのように、オレたちも日頃、何かを信頼していない。

それはなにか。

まさに「宇宙」と表現されていました。


確かにです。

私たち人間は常にこの「宇宙ボンベ」と繋がって生きています。

宇宙は、私たち人間の成長のために色んなことを経験させてくれ、

時にはお試し大魔王のように来て欲しくない嫌なことも連れてきます。

どうして、こんなことばっかり起こるんだろう。

なんで私ばっかり。

って生きてるのがイヤになっちゃうこともあるかもしれません。

でも、私たちは誰もがみんな「宇宙ボンベ」と繋がっているんです。

息苦しくなったら、ボンベから酸素を送ってくれるのです。

ただし、それは

「苦しいから、酸素を送って!」

「ヘルプ、ミー!」

と意思表示したり、苦しいことを知らせなきゃ酸素は微量しか送られてこないのかもしれません。

どんな時であったとしても

「必ず助けてくれる宇宙を信頼する」。

宇宙を信頼し、

身近な誰かを信頼し、

自分を信頼する。

信頼して甘えてみる。頼ってみる。

そうすれば、本当はなにがあっても「大丈夫」なのでしょうね。

でも、無理に「大丈夫」って思おうとしなくていいと思います。

心配で仕方ないときは、とことん心配しまくればいいし、もがけばいいと思います。

「こんなに心配症な私がいるんだなぁ」

ってただそう感じるだけでいいんですよね。

「心配性な私は嫌い!」

「こんな私、もうやめたい!」

とネガティブになる自分を嫌わず。

ただとことん心配して「心配性な自分」を感じてみればいいのです。

そうやって、心配してもがきまくったらあとはまた、

「宇宙を信頼」すればいいのでしょうね。

とことんまで心配しまくらずに、変に

「大丈夫、大丈夫」

って言って自分を押さえてた時が私もあったけど。

大丈夫じゃないのに大丈夫!なんて思うほうがしんどいです。

「大丈夫じゃない~!」

って叫んでもがいて苦しんで疲れ果てたとしても。

最後には

「ヘルプミー!宇宙ボンベ!」

で任せれば、気づいたら酸素を送ってくれていて

「あれ?何をそんな心配してたっけ?」

ってなることも多いです。

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新学期、お子さんに対して心配な事も多く気になってしまうかもしれませんが、お子さんを「信頼」してみてあげましょうね。

「心配な子」

「私が気にかけないといけない子」

ママがそう思っていると、お子さんは本当にそういう対象となってしまいます

「この子は信頼して大丈夫な子」

というママの思いはきっとお子さんに伝わります。

お子さんが話しをしてくれる時も、

「ママはあなたを信頼しているよ」

という気持ちを根底に持っておくといいですね。

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この記事を書いてから2年半たちました。

私の愛犬への過剰な心配性は、すっかり影を潜めました。

心配な時はとことん心配しまくり、

それでも最後は

家族を信頼し

宇宙を信頼した。

だから、穏やかな今があるのかもしれません。