あるてみすてんぷるの沙羅です。
仕事上資料を作る時ワードを使っています。
そしてこれまた仕事上、仏教のことをまとめることがあります。
仏教の言葉は難しい言葉が多い。
ルビを振るためにクリックすると、何かしらルビが出てくるのが普通ですが
全くルビが出ていないことがあります。
ワードに「頼むから仕事を放棄しないでくれ~」などと突っ込みながら行っている
自分に気付き、苦笑するのです^^;
ワードだって分からないこともあるよね、と理解を示して労う。
自分も分からないことだらけです。
現にWindowsを使っているのですが、最初に綺麗な景色がマイクロソフト社から
提供されています。ここ、どこにあるのかしら?と思う事だらけ。
霊学を行わせていただいていて、目に見えない心というものを扱うわけです。
目に見えないので答えがない。
しかし確実にあるのです。
あるので、何かきっかけをつかみ行い始めると確実に心の持ち用が変わっていきます。
要は同じことを繰り返しているので変わらない=辛いとか苦しいとか大変だという
自分がいるわけです。
だから視点を変えてみる。視点を変えることにより、現実世界が変わるのです。
だから楽しい、違う世界観が広がっていく。
ここで問題が起こるのです。
変わることを拒むのです。変わらないことの方が楽なので。
同じことを繰り返している方が考えなくていいので楽なのです。
だから今までの自分のやり方と変えましょう、といっても変えない。
ここでお分かりだと思うのですが、堂々巡りをするわけです。
これが思考のからくりです。
私たちはこの宇宙にたった一つしかいない、大切な存在です。
ですからエドガー・ケイシーは「神さまはあなたがた一人一人を名前で呼ぶ」
と言います。
うっそ~、神さまが私の名前なんて知っているわけないじゃない!と思う方は
そのままでも結構です^^
信じるか信じないかは自分の心次第です。
これをエドガー・ケイシーは自由意志といい、「人間は神さまにも逆らうほどの
自由意志がある」とも言います。
だから、自由意志を発揮してやらない・信じない、のです。
主イエスがエリコに入る時、イエスを見ようと人垣ができました。
徴税人のザアカイが一目イエスを見ようとしますが、背が低かったので見えません。
そこで木に登りイエスを見ようとするのです。
そこを通りがかったイエスは「ザアカイ、急いで降りて来なさい。
今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」と言うのです。(ルカ19・1~6)
イエスは初めてザアカイに会ったのです。しかし、ザアカイの名前を呼ばれたのです!
ここを読んだらエドガー・ケイシーの「神さまはあなたがた一人一人を名前で呼ぶ」
を信じるしかないでしょう(笑)
私たちはどうあがいても神の配慮の内にある、でまいりましょう~^^/








