その性欲の強さ、弱さもまた、生まれつき、人それぞれです。
なお、何らかの影響で、本来のその人の本質とは異なり、強くなったり弱くなったりもします。
ここは、どちらなのだろう?とよーく、自分に問いかけてもいいかもしれません。
単に情報の影響で関心強くなっているだけに過ぎないことも多いのは、
例えばCMで、ピザが美味しそうに宣伝していれば、本質的に身体がピザを食べたい訳でもないのに、食べたくなったりなどの操作の影響を受ける場合も多々あるからです。
ここに翻弄されている人がとても多く、特に性欲はその影響がかなり多いこともあります。
言わば、勘違いの欲求です。乗せられている、煽られている訳です。
他にも、食欲も、勘違いの欲求が多い様に、更に他の願いもそうです。
仕掛けられていて、それに乗っていることがよくあります。
ウェディングドレスは女子なら、着たいよーに、宣伝により、仕掛けられていていくわけです。
それに乗ることは悪いわけではありませんが、本質とずれてそう思い込まされている、翻弄されている場合もあると、客観的に見つめるほうが、
自分の本質に向き合えて、真の望みに気づけていけます。
なお、性欲は時期というのもあります。
その時期のみ、強くなり、また、減ったりするほうが自然です。
ですから、いつも、一定してある、あらなけばならない、と言うのも思い込みです。
ないと、相手に異性として評価されていない、スキンシップの愛が感じられないともう一つ愛に満たされない、と思いこんでしまう場合もあります。
自分のありのままを受け入れていくと、同時に相手のありのままも受け入れ、理解はできていきます。
相手がその気がないことすらも、ありのまま、そうなんだねー、で自然に素直に認めることができるのです。
それから、女性に多いのは、性欲が強いことを否定する面です。
清楚でありたい、あらねばならない、の社会的風潮のせいで、そう律しすぎて、思い込み、封じて、おかしくなってる不自然な女性がとても多いです。
カウンセラーから見れば、一瞬で見抜けます。
ここもありのまま、認めていくほうが人生は好転します。
性欲が強いことはなんの悪いことでもなく、否定する理由にはなりません。
食欲が強い人は見てて可愛い、微笑ましいと思う人が多いですから、食べキャラとして愛されていますが、性欲は人を対象にするので、時には人に迷惑をかける恐れがあるため、そのガイドラインがあるのは、当然なのですが、
一旦、自分はどのくらいあるのだろうか?と素直に感じ取り、受け入れ、認めると、むしろ、歪んだ形で病むことがなくなります。
特に性欲の抑圧のせいで、犯罪は起きやすいので、子供に性欲を抑圧するような、いつまでも子供だ、まだ、目覚めてない、と親の勝手な願いを押し付けて、ありのままを受け入れずにいると、子供は親の前ではそう演じないとならないんだと、その分、おかしなことになります。
性欲を抑圧する余り、自分のありのままを認めない、歪んだ形の一つが、ストーカーで変な妄想、が起きます。
素直に性欲を認めて、それは何も穢れた考えではないことを受け入れて、なおかつ、人に迷惑をかけない、発散方法を見出す、望む形で成就させる、代替物を見つける、更に、何も成就させなくてはならないと決め込む必要もありません。
スポーツで発散、バーチャルに韓流スターで発散、恋人などパートナーを持つことで満たす、単にときめく仲間と話をするだけで満たす、あるいは、徹底逆に積極的に欲望と向き合い、修行系に律してみる、…
色々と積極的に、自分はどうしてみたいのか?
を、選んでいくと、性欲があることを逆手に取り、コントロールして扱う面白いゲームとなり、翻弄されていくことはなくなります。
食欲で言えば、食べ放題に徹底食べつくしたり、逆にたくさんあるのに、敢えて程々にしてみたり、ちょっと断食のダイエットしてみたりと、自分が自分を楽しんで見るのと同じですね!
欲望は翻弄されるためではなく、これまた、人生の面白いゲームのツールです。自分がそれをどう扱うか?にかかっています。
まりあ