からの
スビリチュアルなメッセージは
愛
なので
彼らに
親たちは
「愛させてくれてありがとう」
と
最終的に行き着くようです。
ここの
blogにも
前にこのことは
書きましたが
憶えていますか?
「愛させてくれてありがとう。
こんなにも
私の中に
愛する力があったのか、
気づかせてくれてありがとう。」
まだ
そういう子供を持ってしまって かっこ悪いと思っていませんか?
そのレベルではまだまだ・・・到達できないかもしれませんね、この境地。
マザーテレサは
「苦しくなるくらいまでに
愛してごらん」
と
伝えました。
それはどうかと
そこまでは少し自己犠牲型だから
違うのでは?と
やはり
男性たち
男性ならではの
意見もスビリチュアルな男性たちであっても
そういう意見はありました。
当初 カトリックの自己犠牲型を見てきた
私もそう思いました。
そんなに…
そこまで…
本当にそれは…
神も望むかな…
と 思ったこともありました。
親子関係や パートナーの関係以外の
別に愛さなくても構わない 自由な関係の中での
別に愛さなくても構わない 自由な関係の中での
「愛させてくれてありがとう。」
「よしっ、愛する」と決めた強さは
もちろん、時には
揺らぐこともありました。
想像以上にキツイからです。
マザーテレサも
辛かったことでしょう。
![{7813F282-3584-4959-8FEC-6D6DBA99448D:01}](https://stat.ameba.jp/user_images/20150329/14/angelpoem/2a/5e/j/o0480036013259241552.jpg?caw=800)
たとえ 我が子であっても
重度の障害児、難病の子供の現実は
想像以上にキツくて
メゲることもたくさんでしょう。
でも、やがて、
無条件に愛することを憶えていき
「愛させてくれてありがとう」
に辿る
一つの悟り。
何よりもその親御さんの魂が
味わいたかった、経験したかった、感覚です。
そして
認知症の妻を献身的に介護される夫を観ていても
やはり
「愛させてくれてありがとう」
感無量です。
そこかしこに 愛が。
まりあ