おはようございます。


今週末に、次女の七五三祝いがあり、コロナからずっと会えていない、遠方に住む母妹が週末は泊まりに来ます🏡


その支度やら、部屋の片付けやらで身体が幾つあっても足りないここ数日💦




さて、私のイヤーリーディングの6月のテーマは



【母へ癒しを送る】



でした。



関係性は良好ですし、その時にはピンとこなく、更には家族のことともなると、つい後回しになりがちなこともあり😅←本当はいけない(反省)



7月に家族に取って大浄化となる大きな出来事があったことをきっかけに、6月のテーマの意味を知ることとなりました。


対処に追われる中で、先日の浄霊をして下さる方との出会いに繋がり。

(その時の話はこちら👇)『それは妖精か❓ロマンスエンジェルか❓』先日、初めて【浄霊】というものを受けました。これまで、霊界のことは一切シャットアウトしてきたために、必要を感じてこなかったのですけどね。ですが、ちょっとしたき…リンクameblo.jp


母妹も、一度浄霊受けてみたいということで、早速お願いすることとなりました。

こんな近々で再びお会いできることになるなんて、想像もしていませんでしたが、タイミングというものは本当に【もたらされるもの】なんだなぁと実感。

予約するにあたって、修行から戻られたばかりのその先生とメールでやり取りをする中で、とても嬉しいお言葉を頂戴しました😌



道を目指す人は蓮の花で象徴されるように、

泥の中にあっても蓮の花のように穢れに染まらないものです。

また、ヒーリングというのもそういう力を身につけていくものです。

あなたはどのような人と交わっても染まらないエネルギーがありますから大丈夫です』



ずーっと昔、地元の霊視出来る方にお仕事の相談に行った際に、

私のエネルギーから重度障害の妹の存在を視て、

私が「はじめまして」と言うなり、

「病気の妹さんがいるの?可哀想だなぁ…」

と言われる😳!衝撃的な体験をしたことがあります。


その先生は、素晴らしい霊視力をお持ちでしたが

神の視点から人を導くというよりは、

個人的な感覚(エゴ)で良いと思うことをそのままお伝えになるというような個性の強いおじちゃん先生😅


ある時、その先生に

「実家に出入りすることを控えた方がいい。あなたの波動が下がるし、ろくなことないよ」

と言われたのですが、

私は、

家族がどんな状況でもどんな環境でも、

家族だから、

自分の損得で関わり方を変えたりしないし、

エネルギー的影響は受けない、

だって私は愛を与えるし受け取るから、

と強く思い、自分の意思に従いました。


それきり、そのおじちゃん先生のところには行かなくなりました。
もう10年程前の話です。

その後、ヒーラーになり、光の道を歩むようになり、

今回、探しに探してたどり着いた素晴らしい先生に仰って頂けたお言葉。

じーーんと胸に染み入りました😢


私たちが生きている日常って、ハスの泥の方に近いと思うんです。

泥を付けたり付けられたり、そんな事にいちいち反応しながら、泥の中じゃ先も見えない。

でも、手探りでも、一生懸命に生きていれば、

実は育つし、

美しい花も咲かせることができる。

本当に美しい花は、泥の中からは見えないけど、

美しいものを見ようとする心があれば、

その心でちゃんと見ることができる。

そこに、確かに “存在“ しているから。

がむしゃらに花を探して、

泥がはねても大丈夫。

いつかは雨が降って、ちゃんと洗い流されるから。


私の4月のテーマは

【神の光】  でした。

イヤーリーディングを始めて、こんなに神々しく大それたテーマが出たことはなかったので、

何かアセンションな体験が起こるのか?

新しいヒーリングエナジーを受け取れる?

大災害?

何?何?!

となっていたんです。

珍しくずっと解らなくて、2ヶ月経った頃に解る瞬間が訪れました。

その時の話は、また次回にしますが、

これまでは、

【泥のレイヤー】

にあった自分の視点が、

【蓮の花のレイヤー】

に切り替わった、、

そんな、意識と視点のシフトだったのでした🌟


いつもそこに凛と咲く、

蓮の花 になり、見守りたい。


泥の世界から沢山の栄養をもらい、

天から沢山の陽を浴びて、

静かに咲いている花でありたい。




大切に想う人と、


心の距離が近いと感じる瞬間。


いや、、


心が、見えないバイブレーションみたいに


まるで共振しているように感じる瞬間。



そんなことってあるのかな。



マインドは、


そんなの、思い違いだと言う。


思い上がり、だと。



でも、ハートの感覚が


しっかりそれを捉えてしまったら、


疑いようもない。



聖母マリア様は、


【それは奇跡】だと仰った。


【奇跡は現実になる】ということを、


愛と力を込めて仰った。




今日来た男の子は、


朝からテンションが高くて、


1日を通して


『あなたを愛しています』


と言っていた。



それは、おそらくハウルに出てくる台詞。


でも、バイブレーション(波長)は


拡がりながら影響することを


私は理解している。



療育者としては、社会に出て、男性がその言葉を不適切に使うことのないように、彼の成長を思って導いてあげなければならない。


でもね、


彼の無邪気で純粋な


『愛してます』の言葉に、


今日は何度もお教室に愛と笑顔が拡がった。


幸せな一日。



マリア様の『奇跡』を想う日。






おはようございます😌


昨日は、蠍座の新月でした✨


ここからまた満月に向けて、

天体と月のエネルギーと共に、新たなものが創造されていきます🌕



さて、今日は仏陀さまよりメッセージをお伝えいたします✨🙏✨


‥…━━★゜+.*・‥…━━★゜+.*・‥…━━★゜+.*


『いつでも あなたの内側にある光を 

灯しておきなさい。


その光は 私たちと繋がる 聖なる光です。


あなたが 願い 祈るたび


あなたの内側に煌々と輝きます。


その光は 誰の力も及ぶことなく


害されることなく あなたを護ります。


あなたが 毎日 当たり前のように 

日の光を浴びるのと同じように


あなたの内なる光を感じなさい』


‥…━━★゜+.*・‥…━━★゜+.*・‥…━━★゜+.*


天使とは重厚感の違う、仏陀さまらしいエネルギーでした😌🙏



祈りの習慣がない方は、今こそ♪


1日3分もあれば、心を静かに内に向けられます。



宇宙規模で、地球は時代をシフトして、

その前後から、祈り(アファメーション)についてのお問合せもとても増えました🌟



人は、祈るときに


両手を合わせたり、ハートの前に手を置いたりして祈るのが世界のスタンダードかと思います。


私たちの中、内側にも、

エネルギーが循環していて、


電極のように、相対して回り続けていますが、


手のひらを合わせることで、

体内のプラスとマイナスが引き合って強力な力を生み出します。



エネルギー流れって、

普段は目に見えないものですけれど、


既にエビデンスなどを元に、

治療などに役立てたりもされていて、

知れば知るほどに奥深いです。



私は、手相は全く読めませんが、

手のひらから【祈りの相】を見つけるのは、

実は隠れた特技❓なんです☺️



内側の光が大きい人、

信心深い人、

純粋な祈りを捧げている人。


ちゃぁんと手のひらに表れているんですね✨


内なる光、感じてみましょうね♪





実は、私が入社したのと同じタイミングで、


もうお一人パート勤務で入られた女性がいらっしゃいまして。


お互いの経歴といいますか、


専門でやってきたことがほぼほぼ同じという😳


その方は、ウィーンに音楽留学されていて帰国されてここへ。


ウィーンではオケの仕事やオーディションなど受けたりしながら活動されていたそうで🎺


私は国内のオケ奏者で、どちらも金管楽器という偶然。


そんな2人が異業種で出会うという

なかなかなレアケース。


元々いたパーカッショニストの学生さん先生と、

3人で何かしようということになり、


今回は時期が差し迫っていたこともあり、

紙コップや日用品、ボディパーカッションを用いた曲を披露することになりました。


初めてのワークショップで、

色々と予期せぬこともあるだろうと想像はしていましたが、


想像通りの展開に😅


6分の演奏を観てもらい、その後に紙コップで簡単なリズムを真似して練習し、


一緒に合奏してみる、というところをゴールにしました。


先ず、演奏しているタイミングで、


一年生の子が『恥ずかしい』?という理由で離れてしまい。


練習の時点で隠れてしまった子は、


『やりたい気持ちとやりたくない気持ちがある』


と伝えてくれました。


その子は、上手く練習にのせてあげ、

一つのパターンができると自信を持ち、最終的にはみんなのいる場所で一緒に合奏することができました。


やりたくない気持ち=難しそうという不安な気持ちが居心地悪い


そんな感じだったのかな。


後に、心理士の先生が本人と、その時の振り返りをしながら療育に繋げて下さっていました。



ワークショップは、子どもたちの集中力があるうちが勝負ですが、


合奏を無事に終え、だれてきたかなというタイミングで、終えようか、当初の予定通りに最後にもう一度、速いテンポで披露しようかというところで、迷っていた瞬間に、


リーダーの先生が「やりましょう!」と動いてくださり、サクッとアンコールができることに。



結果からすれば、そのアンコールをやって本当に良かったと思いました。



【演奏を観る子どもたちの表情】が全然違ったからです。



最初は、警戒、緊張、期待はずれ、などの感情も垣間見えてましたが、


一度練習して音楽に近くなってから聴く演奏は、



ぐーっと眼差しが真剣になり、興味を傾ける表情だったり、身体で楽しむ様子だったりが伺えたのです✨



演奏家として、これまで沢山の小学校へ出向き、演奏してきましたが、規模も立場も内容も全然違うという条件で今回演奏して、


この冥利に尽きる懐かしい感覚。


これを最後に垣間見れて正直ホッとしました😢



反省点はありますが、


このお教室の子供たちにも慣れつつ、


これからも【感覚に光を当てる】時間を提供できたらな、と思いました😊


👇

下の写真は、オケで学校訪問コンサートをしていた時代のもの。

楽器紹介のコーナーでは、いつも仲良くスライドを抜く大好きなシーン☺️

私の宝物のワンショットです❤️






療育現場に来て、子供たちと接しながら


自分の小学生時代が思い出されることが

時々あります。


職業あるあるなのかしら🤔


チックの動きがあるお子さんを見て、自分も一年生の頃にそんな時期があったことをふと思い出しました。


その時に言われたこともよく覚えています。


私の場合は、肩に何か違和感があって、


いつも肩に被さる洋服をずらすような動作で肩を動かしていた記憶が。。


その時の根っこの感情やストレスは覚えてません。


子供ながらに、ただひたすら肩に違和感を覚えるから、反射的に肩を動かしていただけという感じ。


母や祖母からは、



「みっともないからやめなさい」



とよく言われましたが、



「どうやったらやめられるの?」



と聞けるような子どもではなかったので、


ぼんやりと、



「そう言われてもなぁ」



と思っていたように思います。



自分の記憶では痛くも痒くもない。



でも、大人になって思い返してみると、


あんなストレスやこんなストレスがあったのだろうなぁと察しがつきます。



引っ込み思案で、狭い世界を生きていた子どもだったので、今勤めているような施設が身近にあって、


もし、子ども時代の私が通うことができていたら、


どんなに違っただろうと思うこともあります。



療育って素晴らしいですね✨



個人に合わせた支援計画も

もちろん大切ですけれど、


それ以前に、


そこにはちゃんと世界があって、


目を見張ってくれる大人がいて、


必要な時に必ず手を差し伸べてくれる。



そんな場所があることって素晴らしいと思います。


いつだったか、


若い先生との会話の中で、


自分たちの仕事について



「大したことしてない」


と言っていたことがありましたが、


そんなことないない。(と、私は思う)



チックもあった子どもの私を覚えてる自分からしたら、


ここは大したところだし、


大したことをしてくれていると


思ってます。



自画自賛とか、


手前味噌を言いたいのではなくて、



私はとても価値の大きさを感じていて、


関われることを誇りに思うということです😊



大したことじゃないと言いながら、

全力で子どもと向き合ってる

先生もまたステキ!



大したことじゃないくらいの日常が、


本当はとっても大切な時間なのでしょうね♪


そのページの積み重ねが、人生という本になるから。