2021年の幕開けとともに、スピリチュアルな世界を重んじる人々の中では、『風の時代の到来』として、250年ぶりの時代改新を喜び讃える話題で持ちきりとなりました。


それは、その世界だけに留まらず、ニュースや一般の人々からも『風の時代』というフレーズが聞こえてくるほどで、それだけ多くの人が様変わりした新しい時代に希望や期待を求めているのだと思います。


風は、感じられるけれど目には見えないですよね。


それこそが、風の時代の光となるものです。


感じられるけど目には見えないもの、沢山あります。


心、気持ち、想い、人との繋がり、情報、香り、感覚。


風の時代の切り替わりと共に世界を激変させた『ウィルス』も目には見えません。


私たち地球に暮らすすべての人が、目に見えないウィルスに対して、溢れ返る情報に対して、自分が受け入れられると感じるものを淘汰していくことで、自分の平穏を保つことの大切さを依然として宇宙に問われている、そんな2年目の今。


『風の時代』と共に『スピリチュアル』とか『ととのえる』といったワードもよく聞かれるようになりましたね。


そこで、今日はあらためて、『スピリチュアル』について、今の私が感じること、いつもお客様にもしているお話をしようと思います。


先ずは、『スピリチュアル』をカテゴライズしない方が仲良くなれます。笑


「スピリチュアルなこと、好きだよね」とたまに言われますが、実は私の中では結構な違和感だったりします。


スピリチュアルは精神世界であって、精神世界は誰の内側にももれなく『存在している』ものだから。


好きか嫌いか、という範疇の話ではなくて、大切にしてるから、大切な人たちにもシェアしてる、そんな感じです。笑


風の時代の前の『地の時代』、この250年は特に戦争という勝ち負けがあったり、物質主義世界の確立と繁栄の時代だったために、現実世界に重きがありました。


人々は、物質的に豊かになることで心の豊かさが得られると信じて人々が頑張った時代。


でも、それよりずっと前の時代は現実世界に重なるようにして精神世界はちゃんと存在していたのです。


宗教や先人たちが作った教会や神社などを訪れれば一目瞭然かと思います。


その頃の人々は、自分たちの命は何ものかに生かされていることを知っていて、神々や自然の気配を感じながら生活が営まれるのが当たり前の時代。


時代の進化と共に人間が価値を置くウエイトが少しずつズレていって、今、一周回ってようやく大切なものに光が当たり始めている、光を見つけやすくなっている、というところまで来たということです。


スピリチュアルは、現実世界で生きながら、教育や様々な人生経験を経て、いつの間にか装着してきた色眼鏡を、「このメガネって本当に必要?何か見づらいから外しても良いんじゃない?」と一つ一つ吟味しながら視界をクリアにしていく作業そのものなんだと思ってます。


「あの人がこのメガネかけてるから、私もかけた方が良く見えるのかな」と感じてしまう罠に気づくことでもあります。


じゃあ、どうやったら気づけるの?といえば、自分の感覚を磨くこと、感覚を研ぎ澄ませる生き方をすることなのかなと思います。


自分の本当の思いに気づこうとすること、


それが、心地良いものでもそうでなくても受け容れるということ、


不安や恐れ(現実世界の自分)に流されそうであっても、それを眺めるもう一人の自分(精神世界の自分)を持つこと、


感覚を研ぎ澄ませるための『静寂』を、自分の内側に感じる時間を持つこと、


自分が充足するものを知っていること、


愛(感謝)を持てること、


身体が喜ぶ食生活が出来ていること、、


上げればキリがないですが、すべて『スピリチュアルな行い』です。


かつて、世界的大ベストセラーになった『神との対話』の中にあったセリフ。


【人生の目的はただ一つ、自分自身を生きること】


いつの間にか、社会に合わせた押し殺した自分を生きてしまっている人、


本当の自分の感情にフタをして、解放されない自分を生きてしまっている人、


役職、親、など、役割を生きるだけになって、自分自身と繋がっていない人。


自分自身を生きる時代、生きやすい時代が来てますよ♪


スピリチュアルが自分の外側にある異世界だと捉えている人がいたなら、是非、今日からは、『自分と常に共にある世界』だと捉え直してみて下さい。


心、感覚、感性、、


切っても切り離せないこれらを大切にするほどに、豊かさを感じられる世界はもう動き始めています😊