夏になると毎年、TVでは怪談番組が放送されていますね。


そんな日本の夏の風物詩のある日常から、ふと疑問が浮かんできました。



「どうして、多くの人は闇の世界はすぐに信じるのに、光の世界はそうでないのだろう」



”○○をすると呪われるらしいよ”


”あそこを通ると祟りがあるんだって”


などど見えない世界に対する恐怖とともに、その存在を自然と肯定している人は多いように思います。



人間の自己防衛本能からなのでしょうか?


または、そこにスリルと刺激があるからでしょうか?


もちろん、”人が持っている波動が、多くの人にとっては光より闇の世界のほうが近いから”

という専門的解釈は解ります。



ふと、私の瞑想の先生が以前お話の中でおっしゃっていたことを思い出しました。


「私たちの理想としている穏やかな日常は決してドラマにはなれない。そして、安息を求めながらも、刺激のある世界を生きようとするのが人間だから、だからドラマはなくならない」


というようなことだったかな、話の意は少し違ったかもしれませんが、そのような話を聴いたことがありました。


確かに、ドラマには、裏切りあり、憎しみあり、・・事故もありますね。


自分が生きる現実には決して望みませんが(笑)



私も、ドラマはドラマとして楽しみますが、”ひゅ~~どろどろ~”の世界の放送が許されるのなら、


光の世界の番組も作ればいいのに・・・と個人的には思います。


やっぱり、そこに刺激がないとだめなのでしょうか・・・(笑)


海外では、”天使体験”などに関する情報番組もとても多いですし、レイキなど見えないエネルギーが代替え医療として大手の医療機関でも取り扱われるようになっている時代です。



”あの神社へ行くと恋が成就するんだって”


”あれを身に着けると絶対合格するらしいよ”


など、日本の光の世界の捉え方というか光の文化は、それはそれで素敵ではあるけれど、どこかゲン担ぎ的な香りに終始します。



”神さま”やその領域の存在の扱われ方は、闇の世界に比べるととても偏っていることは否めません。


それだけ、光の世界をうたいながら怪しいことをしてきた人が多いということなのかもしれませんが。。



ですから、日本のライトワーカーたちは、活動する中で


”いかなる宗教とも一切関係ありません”


とか書かなきゃいけなくなる。



この一文を見ると、私は日本人として少し悲しくなります。


確かに、宗教とは何の関係もないわけだけれども、


”本来、あなたの中にある光と愛”


この、人としての存在や命を愛おしむことのできる誇りを、社会性から失っていることを決定づけているようで…


”わかりかけのRADIO”でも黒斎さんが「日本人の宗教アレルギー」と表現していたっけ。


そもそも、まじめに素晴らしい宗教活動をされている方々にも失礼になるでしょう。


情報過多な昨今、あらゆることにおいて

”流されないで、自分の心で感じ取る”

ことがますます必要になってきますね。


アクエリアスと呼ばれる時代に突入し、世界のあらゆる二極化が進んでいることを実感する様々なニュースが日々起こっていますが、


日本においても、光の世界がもっともっと身近で深いところへきたら嬉しいなと思います。





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