日付かわって昨夜、夫が出張から帰宅して、子供たちが寝静まった後に久々にゆっくりと会話ができました。

私の夫は、国内のホールなどの依頼で、よくコンサートをしに行くのですが、メインのコンサートの前後では、小学校や養護施設などに巡回コンサートをするアウトリーチなどを行うことが常になっています。

コンサートにもアウトリーチにも慣れている夫が、今回ばかりは「不安だぁ~」と言いながら、直前まであれやこれや楽譜を引っ張り出してきてはソワソワしていた事実は、今だからカミングアウトしちゃえるのですが。。

話を聞くと、"介護施設で一時間のプログラム"という依頼があり、まず介護施設がどのような所なのか(金管楽器吹きにとって場所の響き具合が重要なため)という不安が一つ、もう一つは話に聞いている"介護施設"の聴く対象の方がどのような方々なのかということ。

「養護施設じゃないの?」と私が聞くも、「それがわからないんだよ。」と言いながら、出発の日の朝に、その日の仕事後に、3日目の仕事である"介護施設"を見学しに行きたい旨を現地の担当者に連絡していました。(今回は岩手は北上市でした。)

養護施設や青年の更生施設などでの講演やコンサートは、これまでも何度となくやってきたので慣れていると思っていましたが、情報不足故の不安もあったようです。

全てのコンサートが成功して、無事に帰宅した彼から話を聞くと、"介護施設"と聞いていたところは、実際には身体障害者の方々が通う養護施設でした。

私は自分の妹が生まれながらの重度障害者で、養護学校へ通い、現在も養護施設へ入所しているので、事情がすぐに見えますが、そうでもないとなかなかわかりにくいのが実情のようです。

そもそも、精神障害者というのか身体障害者というのか、身体障害者なのだったら、じゃあ手足が不自由というだけの人もそうじゃないか、というところから話が始まり、介護施設と養護施設の違いの話になり。

そこの認識も健常者である私たちが曖昧であるから、養護施設でのコンサートの依頼も「介護施設で...」となったりするわけです。

事前に見学できたお陰で、先に抱いていた不安を払拭してコンサートに挑め、それはそれは盛り上がったそうなので、終わりよければ何とやらですが。

コンサートの途中、金管楽器の音が鳴る仕組みを説明するのに、大きなジョウゴと長いホースを使い、ホースの先端にマウスピースと呼ばれる実際に楽器に付ける歌口の部分を付けて吹くことをよく体験コーナーでやったりするのですが。

彼は直前まで、その体験コーナーをやろうかどうしようか躊躇していたと言いました。

それは、万が一ホースを振り回したりして重い金属のマウスピースが飛んでしまったら怪我をしてしまうし、大切な楽器にぶつけても大変なことですから、慎重になって当然です。

でも、コンサートを進めていく中で、やりたい!と思ったようで、実際にやってみて、これまでやってきた体験コーナーの中で一番盛り上がったそうです。

しかも、頭で考えて仕組みを理解して唇を振動させて音にすることなど、到底できないわけで、何とその施設で体験した1人の方は、マウスピースを当てながら大声で歌ったのだとか。
その楽しそうな姿に、周りで聴いていた方々もみんな同じように声を上げて全身で楽しんでいたのだそうです。

幼稚園でも小学校でも、その体験コーナーでは、まず、子供たちは誰もが「ちゃんと音が出せるかな」という緊張と不安で体験しますから、それとは真逆だったわけです。

こちらが予想だにしない「歌う」という行動は、その時の楽しさを自分なりに表現した結果だったのでしょう。

「僕らにはない、純粋に楽しむことだったり、枠に囚われないで表現するってことを彼らは持ってるんだよなー」としみじみ語っていました。

私も幼い頃から、妹やその周りのお友達の様子を見ていて、同じように感じてきました。

彼らの能力はすごい、特に芸術に関して私たちが教わることは計り知れません。

彼らの中には、自閉症の性質を持つ人も多いようなのですが、その強い拘りや、気に入った世界の中にはいくらでもいられる精神を、きっと施設の先生は理解されていて、一時間のオーダーをしてきたのだろうと私は感じました。

中に1人は必ずいて、ずっと興味深く楽しく聴けるのです。

私たち音楽家の観点から言ったら、一時間は長いのでは?と普通感じると思いますが、結局、依頼通り一時間のコンサートになったそうです。

トータル的には長かったとしても、最高に盛り上がったコンサートになり、夫も大切なことを教えられて帰ってきたようです。

そして、そんな話を聴いて、嬉しくて涙が出そうになりました。

本当に、かけがえのない素晴らしい活動をさせて頂いているのだと思います。

もう何年も妹に会えていない、私の心のわだかまりがほんの少し癒された夜でした。