初めに――
これは…。
『天涯客』の内容をほぼほぼ網羅した翻訳版
元々は【アメンバー限定記事】の魔翻訳全文・『天涯客』についたコメントを読みやすいように、転載して修正したものなのだけれども…。
11r21女史に感謝<m(_ _)m>
意訳、妄想訳、私の独断と偏見による差し替え等々もありますゆえに…
誤解釈があったとしても
愛嬌ね
*内容の責任はとりませんので、人に話す時は気をつけませう。
『山河令』の画像は、あくまでもイメージで使用しているため、内容とちょっとズレている場合もありまするぞ、と。
priest作『天涯客』より
第一章「天窗」
中庭の梅の花は満開に咲き乱れ、地面を埋めるように落ちると、真っ白な残雪の上に広がり、一見すると、どれが雪でどれが梅なのかがわからない。風が吹くとほのかに香り、庭全体に流れていた。
夕暮れが幕を下ろし、月が軒先に顔を出す。その光は水の如く冷たい。
小さな庭の行き止まりには、梅花を引き立てるような片側の脇戸があり、年季が入っている。小さな戸を押し開けて行くと、中の雰囲気はかなり違っていて、入り口には二人の壮健な男が立っていた。甲をかぶり刀剣を持っている。前廊は狭く窮屈で、床には大青石の煉瓦が敷かれ、真っ暗な独房に続く通路には、静粛な殺気が漂っていた。
花の香りは、中庭の向こうで遮られたようで、ここまで届くことはない。
そこには刀剣で武装した数人の侍衛が木偶のように立っていた。門口には大人の男性の腕ほどもある大きな鉄柵があった。
牢屋の狭く暗い通路を抜けると、仕掛けで制御された大きな石の扉が三つあり、それぞれを人が守っている。これら三つの石扉を抜けると、まるでこの世の命の痕跡さえも消えてしまったかのようだ。細長い道は黄泉の国の亡霊の道を彷彿とさせ、幽かな鬼火のような灯りが際限なくちらついていた。
最奥の房で男の声が何か囁いた。それからしばらく沈黙が続く。まるで別の人間が、力なく軽くため息をついたような感じだ。
突然、悲鳴が牢獄の暗闇を突き破った。
一瞬、火の光さえ明滅して、死にゆく動物のような凄まじい悲鳴に、人々の心は言葉では言い表せないほどの寒気を覚えた。
画像引用元:©Youku Information Technology (Beijing) Co.,Ltd.
扉の前にいた二人の侍衛のうち、独房に背を向けていた一人は、若々しい顔つきで新入りのようだ。 物音を聞いて思わず身震いし、ひそかに仲間をちらりと見たが相手は耳が聞こえないかのように、山のごとくじっと立っていて、すぐに心を抑えて目を伏せた。
しかし、その悲鳴は途切れることなく続き、ついには息が切れ、悲鳴はむせび泣くようなうめき声となった。
若い侍衛は鳥肌が立った。
男の声が消えるまで、一炷香くらいの時間が過ぎた。
ほどなくして二人の人物が、生死不明の中年男を引きずり出してきた。上半身は裸で、頭を片側に倒し、髪はすでに汗で濡れ、唇と舌は噛まれたかのようにぐちゃぐちゃになり、口の端から血がふき出していたが、胸と腹の七カ所にそれぞれ暗赤色の釘が刺さっている以外、体に傷はなかった。
若い侍衛の目は、中年の男が石の扉の向こうに消えるまで、その姿を追わずにはいられなかった。
その時、背後で男が囁いた。
「これを見て後悔しているのか?」
未だ少年の侍衛が恐怖に震えて振り返ると、いつの間にか背後に深みのある藍色の衣を着た男が静かに立っていて、片側の仲間はすでに片膝をついていた。
新入りは反応して、「荘主 」と言いながら自分も膝をつくのに精一杯だった。
長衣の男は、二十八、九歳くらいに見える。書生のような顔をしているが、顔は病魔に覆われていた。眉は深くはっきりして、目は非常に明るい。非常に長く太いまつげは、瞳の半分を覆い、たまに上げた時は何とも言えない冷たさを感じ、見るたびに人の心も冷たくなる、鼻筋は真っ直ぐきれいで、唇はとても薄く、その美しい顔には情け容赦ない味が添えられていた。
少年の呼び方を聞いて、男は思わず彼をもう一度見て、「新入りなのか?」と軽く笑ってみせた。
「はい」
少年は頭を下げた。
男は手を上げて彼の肩を二度叩いた。
「それなら覚えておけ。今後私のことを荘主とは呼ぶな。私はもう荘主ではないのだから。次からは周大人と呼ぶように 」
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少年侍衛は彼をはっと見上げると、「はい、周大人」と再び敬語で身を低くした。
男はうなずき、手を振って言った。
「二人は行ってくれ。私はしばらく一人で清めてくる」
二人の侍衛はそれに応え、並んで出て行った。 少年侍衛はそれでも思わず振り返ると、藍色の長衣の男は静かに扉の枠に寄りかかっていた。その目は虚空の中の何かを見つめているようで、しかも何も見ていないようだ。 少年の彼には、どうにも、どこか遠くへ行ってしまうように思えた。
最初の鉄柵が降りた時、片側で黙っていた老齢の侍衛が突然低い声で言った。
「大人を見よ。まるで穏やかで優しい学者のように見える。老畢(畢長風)に【七竅三秋釘】を打ち付けたのは彼の手だと想像できるか?」
少年は唖然として、年配の仲間に顔を向けた。こめかみに白髪が混じる老侍衛は、ため息をついた。
「お前はまだまだ知らないことがたくさんある、我々の【天窗】から抜け出す方法はないんだ」
大慶栄嘉四年、【天窗】の名はすでに宮中全体に知れ渡っていた。
【天窗】は、皇帝に忠誠を誓う間者と殺し屋で構成された組織であり、彼らが何人いるか何処に隠れているのかは誰も知らない。
しかし、その触手が世界の果てまで伸びていることを疑う者はいなかった。
容嘉皇帝、赫連翊がまだ皇太子だった頃に設立したもので、現在では厳格な規則があり、結束の固い団体となっている。
【天窗】の初代当主、藍色の長衣の男は、かつて【四季荘主】と呼ばれ、現在では周大人と呼ばれる周子舒である。
【天窗】には、宮中の秘事から物売りまで秘密がないようなもので、言葉を話せる生身の人間は死ぬか【七竅三秋釘】を打ち込むかしなければ天窗から出てはいけないという決まりがあった。
いわゆる【七竅三秋釘】とは、胸部と腹部の七つの最重要な経絡を七つの毒釘で内力を封じ、七つの経絡と八つの静脈が遮断されるようにすることである。
それ以来武功は尽き、喋ることもできず、四肢は少しも動かすことができず、廃人のようになる。そして、三年で五臓に毒がまわり、息絶えるのだ。
三年生き延びたとしても、その生活は死ぬより辛いものだった。
しかしそれでも、【天窗】から離れられるなら、生ける屍になったほうがましだという者もいた。
三年生きられることは、与えられた最大の恩恵でもある。
周子舒は扉を閉めると、両手を後ろに回して部屋の中をゆっくりと歩き回った。ふと立ち止まり、七竅三秋釘を入れた小箱を取り出し、それを開ける。恐ろしいものがまるで、梅の香りのような匂いを漂わせるかのように 周子舒は深く息を吸い込むと、手を伸ばして自分の衣を解いた。
表面上は長身で体型がよさそうだが、衣を脱ぐと、何かで水を抜かれたような干からびた体が現れ、枯れた胸と腹の間には、六本の七竅三秋釘が刺さっていた。
いつ打ち込まれたのかわからぬほど、釘はもはや肉と馴染んでいた。
周子舒は自分の体を見下ろして自嘲し、横から小刀を手に取ると歯を食いしばり、すでに釘の周りに閉じている肉を切り開いた。まるで自分の肉ではないかのように非常に早く、何の努力もせずに胸全体が血に塗れる。もう一度見ると、先に打ち込まれた釘が今打ち込まれたかのように見えた。
その後どこかの扉が起動したようにくぐもった呻き声を発し、ぐったりと壁に寄りかかり、ゆっくりと滑り落ちた。体は抑えきれないほど震え、唇にわずかに残った血は薄れ、歯はかちかちと音を立てて食いしばった。 眼を大きく開けそしてゆっくり閉じ、頭を片側に倒した。
顔は青白く、血にまみれ、まるで死体になってしまったかのようだった。
独房の隅にうずくまっていた男が、静かに痙攣し、ゆっくりと目を開けたのは、二日目の朝日が差した頃だった。 立ち上がろうとすると足がだるく倒れそうになったが、何とか立ち上がり、絹布を取り出して水をつけ、胸の血を全て丁寧に拭くと襟元を正し、七竅三秋釘を手にして懐に仕舞い込んだ。
深呼吸をして、ドアを押し開け、外へと出る。
大股で独房を出て、その冷たい梅雪の小さな庭に戻ると、心にしみる香りが周子舒の顔に漂ってきて、全身の血なまぐさい空気をきれいに洗い流したような気がした。彼は梅の木の下にしばらく立って、近づいてそっと嗅ぎ、思わず笑みを浮かべた。
画像引用元:©Youku Information Technology (Beijing) Co.,Ltd.
もう一度軽くため息をつきながら、低い声で 「誰か」と言った。
黒衣の男が影のように潜り込み、お辞儀をして彼が話すのを待っていた。 周子舒は濃い色の令牌を取り出して、「大執事の段に、今日私と一緒に皇帝に会うように頼んでくれ」と言って投げた。
黒衣の男は令牌を受け取ると、まるでそこにいなかったかのように、また人知れず姿を消した。
大執事の段鵬挙は、天窗を掌握した後、周子舒によって昇進し、子舒の命令にのみ耳を傾けるようになった。 この人は、有能で野心家であり、その野心をためらうことなく発揮している。
周子舒が彼を見ると、まるで数年前の自分を見ているような気がすることがある。 なにしろ日の目を見ない集団であり、周子舒を除けば、他の者が皇帝と対面する機会はそう多くないのだ。
周子舒は多くを語らず、ただ彼に朝食をとらせ、皇帝が朝廷を出ようとするのを見計らって、「行こう 」と命じた。
段鵬挙はその意味が分からなかったが、あまり質問せず、ただ黙ってついていった。
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両人が上の書斎(王朝の王子たちが勉強した場所・皇室の学校)に到着すると容嘉皇帝、赫連翊はすでにそこにいて、彼らが来たと聞くと、すぐに二人を呼び入れた。周子舒と段鵬挙が大礼をした後、周子舒は袖の中から竹筒を取り出し、赫連翊に渡した。
「陛下、これは前回仰せつかったものです」
赫連翊は受け取ったがすぐに見ようとせずその代わり、周子舒を見て顔をしかめた。
「顔色がどんどん悪くなっている、後で医者に見てもらいなさい。決して見くびってはいけない。若いからと過信してはいけない」
周子舒はかすかに微笑んで頷くことなく、「ご心配をお掛けしました 」と言った。
赫連翊はまた段鵬挙を見て、最初は呆然としていたが、「今日はどうして鵬挙も来たのだ? 朕はそなたに長い間会ってないが、ずいぶん元気そうだね」と尋ねた。
段鵬挙は小さな目を細めて、忙しく笑って言った。
「皇帝におかれましては政務がお忙しいのに、老僕を覚えていてくださるとは」
彼は微笑みながら、周子舒が何か言いたいことがあるようだと感じ、まず持参した竹筒を開け、そこから小さな紙巻を取り出し、一読した。
ひとしきり読んだ後、顔に笑みを浮かべると、周子舒を見上げて言った。
「これは素晴らしい仕事だ、子舒、どうやって報酬を与えたらいい?」
――来た。
周子舒は突然衣の裾を持ち上げて地面にひざまずき、段鵬挙は迷って、それに従った。
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「何をしているのだ?」
赫連翊は顔をしかめ、尋ねた。
周子舒は疲れ果てたように静かに言った。
「皇帝が私に恩恵を与えてくれることを願っています」
赫連翊は笑って言った。
「立って話せ。お前はこの数年間、私の大慶のために生きてきた。この江山を除いて、私が与えられない望みは何だ? 申してみよ」
周子舒は背筋を伸ばしたが、まだ膝をついており、それから黙って衣の襟を解いた。 厚くて気密性の高い衣を解いた途端、すぐに血の臭いが彼を襲い、かさぶたになって血が止まっただけの彼の体は、馬に揺られた旅のせいで再び出血している。
赫連翊は、「子舒!」と勢いよく立ち上がった。
段鵬挙はもう驚いて声が出なかった。
周子舒がすらりとした手のひらを開くと、最後の七竅三秋釘が横たわっていた。
「陛下、私は六本を自分で打ってしまいました。もし七本目も打ってしまったら、おそらく陛下にお別れをするために参内することができなかったでしょう。どうか陛下に、私の人生を全うするため恩恵を願い、鵬挙に後を託したい」
赫連翊は長い間ぼんやりしていたが、何も言えず、しばらくすると、がっかりしたように座りこみ、書斎の梁を見上げて、独り言のように低い声でつぶやいた。
「允行は西北に遠く駐在し、北淵……北淵は亡くなった。お前も朕を捨てるのか?」
周子舒は黙っていた。
赫連翊はしばらく黙ってため息をついたように言った。
「朕は一人ぼっちだよ。」
「陛下、天窗のことはあまり心配されなくても大丈夫です。鵬挙はずっと私についてきてくれていますし、信頼も能力もありますから……」
そんな周子舒の言葉を段鵬挙はさえぎった。
「荘主、荘主はそんな事を言ってはいけません。私にはそんな考えはありません! あなたの代わりは……できません」
周子舒は低い声で言った。
「七竅三秋釘は内臓をダメにする。もう後戻りできない」
彼は赫連翊に叩頭し言った。
「私の長年の勤続に免じて、私を解放してください」
その瞬間、全盛期の皇帝が何を考えていたのか、誰も知る由もなかった。
その年は慎重であり、その年は疲れ果てており、その年は戦争でいっぱいであり、その年は風の強い年だった。冷ややかで苦い、その年……ついに彼は世界を支配したが、誰もいなくなり、彼だけが残った。
誰しもこの世の無常と歳月の放棄から逃れることはできない。
長い間、彼は目を閉じて手を振った。
周子舒の口角が上がって、笑顔になった。
「陛下の深い温情に感謝いたします」
何かとても嬉しいことに出会ったかのような表情で、病人のような青白い顔を少し紅潮させ、段鵬挙に嬉しそうに向き直り、最後の釘を手の中に押し込んだ。
「さあ、やってくれ」
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段鵬挙はしばらくためらった後、やっと歯を食いしばって、暗くて赤い釘を持ち上げ、必死に荘主の血肉に打ち込んだ。
非常に痛く、これまでずっと見てきた最も強い意志の男でさえも耐え切れず、苦悶の声を上げずにはいられなかったと知っている。
周子舒は軽く縮こまっただけで、依然として体をまっすぐにして、悲鳴を上げずに、ただわずかにうめき声をあげた。
周子舒のくぐもった呻き声が、笑いを帯びているようにさえ感じられた。
段鵬挙は、荘主が狂ってしまったと感じた。
周子舒はその場でしばらくゆっくりして、最後に赫連翊に挨拶する頃には、顔が紙のように白くなっていた。
彼の体の中の気力は急速に退き、しびれた感覚が徐々に上昇し始め、最後の言葉を口にした。
「お元気で、陛下」
その後、赫連翊の返事を待たずに、大股で書斎を出て、何か重荷を降ろしたかのような軽やかさで、パッと消えるように姿が見えなくなった。
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