ある日、ある時、
あの場所で
もし君に、偶然にも、
出会わなかったなら
きっと出会いは、一期一会
僕たちは皆きっと
どこかで誰かと
繋がっている
何言っとんねん(ΦωΦ)フフフ…
『せめて、君の面影を追う。』
雷鳴が轟いた。
ほどなく降り出した雨は徐々に勢いを強め、道という道に小川を作り始める。
未だ真昼時だと言うのに……。
重く垂れこめた雨雲は陽の光を遮り、景色を灰色に染めていた。
「この身を捧ぐ……」
最後の力で右手に握りしめた匕首を胸に押し込むと、男は静かにその身を横たえた――。
「もし……そこの公子」
後方からかけられた男の声に少年は、人の好さそうな顔に笑みを浮かべて振り向いた。
瞬間――。
吹き抜けた風が長い髪と共に、額に巻かれた白絹の裾をも舞い上げる。
「違う……」
「は?」
期待していた人物ではなかったことを責めるかのような表情で、大きくため息をつくと、男はあからさまに肩を落とした。ぼさぼさの頭に無精ひげを生やし、やつれたように細い体は一見、物乞いのようでもある。
「あの……。どなたかお捜しなのですか?」
「その額に巻かれた白い紐」
「……紐……」
知る人ぞ知る、由緒正しい姑蘇藍氏の巻雲紋がほどこされた抹額も、紐呼ばわりされては権威も形無しだ。
「ふわりと舞う、軽やかな白衣……」
「はい……」
突然声をかけられ、おかしな問答に巻き込まれた少年――藍思追は、それでもまだ笑顔を崩さずにいる。
「年の頃もそれほど変わらぬのに、誠に残念……」
「え……っと……」
「私の捜し人は、これでもかというほどの……美形だった」
「…………」
それまで珍しくも黙ったまま、隣りで様子を見守っていた藍景儀が、盛大に吹き出し、笑い転げたのは言うまでもない。
それは、一週間ほど前のことだ。
記録的な豪雨が各地を襲い、大水害を引き起こした。大量の土砂が流され、棺が露わになった墓地からは屍があふれだし、各地を治める世家の仙師たちは、後始末のためにここ数日、寝る暇もないほど大忙しだったのだ。
しかし……。
ここ姑蘇には、ちょっとやそっとの放屍などものともしない男がいる。彼が「陳情」と呼ばれる笛を吹けば、凶屍すらも泣いて逃げると言われる「魔道」の始祖。
その名を魏無羨という。
時に夷陵老祖とも称される彼は今、非常に退屈していた。
すぐに戻ると言っていたはずの藍忘機は、兄である姑蘇藍氏の宗主、藍曦臣と彩衣鎮へ出掛けたまま、待てど暮らせど帰ってこない。暇つぶしの相手となり得る姑蘇藍氏の若手たちも、どこぞの世家で起きたという事件の後始末に借り出され、雲深不知処内はいつも以上にしん……っとしている。
「ふあ~あ……」
両腕を広げ、静室の床に仰向けに寝そべったまま、大欠伸をすると、魏無羨は眠りにおちた。
いや、おちかけた。
「含光君! 魏先輩!」
「……!?」
先程まで確かに、魏無羨は退屈していた。だが、人というものは誠に不思議な生き物である。いざ眠ろうとした瞬間に叩き起こされる形となった魏無羨は、我が身を放っておかない不運さを軽く呪った。
「……以上が事の顛末です」
藍思追と藍景儀の二人が連れ帰ってきた男は、勧めても静室に入ろうとはせず、藍思追が説明する間ずっと、庭先の池の縁に座って水面をみつめていた。
その様子を縁側に立ったまま、魏無羨は眺めている。
「どうやら彼の尋ね人は、姑蘇藍氏の者のようなのですが……」
「姑蘇藍氏のとびきりの美形と言ったら、藍湛と沢蕪君しかいないだろう?」
「それが……彼が言うには、少年なのだと……」
「お前らの中にはいない、でも、姑蘇藍……氏か……って、おいっっ!」
ばしゃんっっ。
魏無羨の静止の声と、男が池に飛び込むのはほぼ同時だった。
派手な水音を立て、頭から池に突っ込んだ男は、深くもない池の底に上半身を埋め、二本の脚だけを水上に突き立てている。
ぴくりともせずにいた脚が、じたばたと動き始めるのにそれほど時間はかからなかった。
「早く助けてやれ、思追……」
言って魏無羨は、天を仰いだ。
(藍湛……。早く帰ってきてくれ)
「付き合わせて悪かったね、忘機」
「いえ……」
彩衣鎮の街を肩を並べて歩きながら、藍曦臣が笑った。
「魏公子は待ちくたびれているかも」
「今回の水害の碧霊湖への影響を確認するのは、何より優先事項です」
「お土産に枇杷でも買っていこうか」
「……必要ありません」
「いや、彼には『天子笑』の方がよいのかな。今さら、雲深不知処は禁酒だなどと、言う気はないだろう?」
「…………」
いつものように苦虫を噛み潰したような弟の表情に、帰途を急く様子がありありと感じられ、藍曦臣は優しく微笑んだ。
「そうだ、忘機」
「……」
「蘭室に置いてある白磁の亀なんだが……」
一旦言葉を切り、隣りを歩く藍忘機の横顔をちらりと見る。誰の目にもわからなくとも、藍曦臣には藍忘機の隠れた本心が読み取れるのだ。
「やはり置いたのは、お前なんだね。知っているかい。叔父上はあれを……どうやら気に入っているようだよ」
それは池のおかげと言って良いかもしれない。濡れた衣服と頭髪を無理やり整えられた男は、ついでに無精ひげまで剃られ、凛とした姿を現していた。
「……で? あんたの名前は?」
「……」
「その美形の兄ちゃんとやらを捜して、どうする気なんだ?」
「……」
男はぼんやりとしたまま、答えない。どう話そうかを一生懸命考えているかのようでもある。
なんでこんなのを連れてきた……と言わんばかりに、魏無羨は藍思追に視線を送った。
藍思追は申し訳なさそうに縮こまるばかりだ。
「信じてもらえないだろうが……」
「聞くだけなら聞いてやる」
ぼんやりとした男の目に、突然、光が灯った。
「実は私は……一度、死んでいるのだ」
……。
…………。
…………ほんの一瞬、静室内の刻が止まった。
「はははっ。そりゃ、奇遇だな。俺も一度死んだことがあるんだ」
かつて十三年間、本当に死んでいた男、魏無羨が耐え切れずに沈黙を破り、笑い出す。
それは今となっては、あまりに有名な話だ。
藍思追と藍景儀は、魏無羨の笑い声の中にちょっとした苛立ちが含まれているのを感じ、さらに身を縮こまらせた。
「……その、私を殺した人物は、額に白い紐を巻き付け、ふわりとした白い衣を纏っていた。私は……私は……ここを……彼にきゅうううっ……と」
手でそこを絞める仕草をしながら、男が続ける。
「いや……ぐりぐりと……えぐられるように……攻められて」
「攻められて!?」
おかしなところに反応した少年二人が、固唾をのんで、その先の言葉を待つ。
「そうして、果てた」
「ちょっと待て……」
男の話を聞いていた魏無羨は、嫌な予感がして体を震わせた。
男がその手で絞めている場所は、首なのだ。
姑蘇藍氏の少年に弦によって首を絞められ、斬り落とされたものが、過去にいたではないか……。
「魏先輩?」
魏無羨の様子を訝った藍思追と藍景儀が、同時に呼びかける。
「思追、ちょっと来い」
「……はい?」
男と藍景儀を静室内に残し、魏無羨は藍思追を連れ、庭先へと移動した。魏無羨の鼓動は早鐘のようにどくどくと波打ち、緊張で喉が渇いてくる。
「思追……。今すぐ彩衣鎮へ行け。藍湛と沢蕪君が碧霊湖に行ってる」
「魏先輩?」
「藍湛に伝えろ。今は雲深不知処に戻ってくるなって」
いつになく真剣な魏無羨の様子に、藍思追は無言のまま、こくこくと頷いた。
と、その時――。
「うわああああっっ」
室内から、藍景儀の驚いたような、そして、助けを求めるような叫声が響いた。
「まずいっ」
「景儀!?」
慌てた魏無羨が、扉を開くと同時に目にしたものは、苦しげに首を抑えて転げ回る男の姿だった。この世のものとは思えぬ形相で、顔を赤く、または青くしながらごろごろと転がっている。
しかし初めは苦しげに見えたその表情は、次第に楽しげになり、挙句の果てには満面の笑みを浮かべながら回転を繰り返し始めていた。
「う、う、う……魏先輩っ。なんなんっすか、この人。めちゃくちゃ怖いんですけど」
「魏先輩。彼はいったい……」
狂人ですか、と言いかけた言葉を藍思追が危うく飲み込む。
自分たちが連れてきた男のあまりに異常な行動に、藍景儀も藍思追も冷静さを失っていた。
「思追っ。いいからお前は藍湛を……」
「……何事……」
「藍湛の真似なんかしてなくていいから……って……」
「含光君!!!」
白く落ち着いたその人影の登場に……。
魏無羨、藍思追、藍景儀の声がものの見事に重なった――。
「こんなところに、私の体が……」
その躯体を男は静かになでまわし、しみじみと呟いた。
かつて、岐山温氏、温若寒の居城だった炎陽殿前の広場にて……。
「しみじみしてるとこ悪いんだけどさ。なんで、こんなことに?」
「……私にもよくわからぬが……眠っていたところを起こされたのだ。気がついたら、見知らぬ男の体の中にいて、『我が願いを叶えよ』と命令された」
『献舎』の術……。
それは命と引き換えに悪鬼邪神を召喚し、自らの肉体を捧げる代わりに願いを叶えてもらう呪法である。
かつては、魏無羨も莫玄羽という若者に『献舎』され、この世に舞い戻ってきた。当時は何故、自分のように善良な亡霊を……と思ったものだが、今回は本当の悪鬼邪神が召喚されたのだ。
そう……。
かつて、屠戮玄武と呼ばれていたもの――。
それにとどめをさした張本人、藍忘機はただ黙ったまま、男と会話する魏無羨を少し離れた場所から見守っている。その右手はもちろん、避塵の束においたままだ。
「その願いを叶えたのか」
「目覚めたその夜、水害による土砂崩れで、この男の一家は全員亡くなった……」
「……お前自身が手を下したわけでもないのに、なぜ『献舎』の呪いが解けたんだ?」
「それは……内緒」
言って、男はぺろりと舌を出した。
瞬間、藍色の剣光が魏無羨と男の間に閃く。
「藍湛! 落ち着けっっ」
「……」
二人から距離を置いたまま、藍忘機は鋭い眼差しを向けている。
「ら・ん・じゃ・ん」
その名前を一文字一文字、区切りながら愛おしそうに呟くと、男は満足そうに微笑んだ。
「……で? その男は結局、何で含光君を捜していたの?」
興味津々な様子で陳桉姫が身を乗り出した。
清河聶氏宗主、聶懐桑の御遣いとして姑蘇を訪ねてきた彼は、藍思追、藍景儀を相手にしっかりと油を売り、くつろいでいる。
「あれは見物だったぜ、桉姫」
「やめなよ、景儀……」
藍思追が申し訳程度に制止する。だがもちろん、藍景儀の口は止まらなかった。
あの時――。
藍忘機が静室に姿を現した途端、狂人が如く転げ回っていた男は、電撃に撃たれたかのように目を輝かせ、はね起きた。
「我が君!」
そう。誰も反応することができなかったのだ。
あの藍忘機でさえ、あまりの電光石火な出来事に目を丸くして、立ち尽くすのみだった。
「……うそ……」
「嘘じゃない、本当の話さ。実際、目にした俺たちだって、夢だったんじゃないかって思う」
「信じるか信じないかは……桉姫、君次第だけど……」
「……ははっ……。含光君の名誉のために、聞かなかったことにしようかな」
あの出来事の真実を知る者は皆、これ以降、黙して語ることはなかったという――。
<終>
本来なら…。
後日談のところで、藍湛&魏嬰に出て来てもらうところなのだけれども…。
どうしても陳桉姫が出たいと言うので、おこちゃま’sで終わってみた。
あえて、何が起きたかの説明はしない(笑)
私の中での今回の設定は…。
『もしも、あの時、屠戮玄武が藍湛にひとめぼれしていたら』
ただ、それだけである(ΦωΦ)フフフ…
ちょうど、アニメ『魔道祖師』が終わって、【金光瑶、復活!】とか言ってたけど、このお話自体は、昨年末からず~っと考え続けていたものなのだ
やっと…できた_| ̄|○
ちなみに…。
四神の【玄武】が司るのは、「水」なのだ。
そうそう…。
以上、追記m(_ _)m
藍啓仁が気に入ったという【白磁の亀】の置物の件は、こちらの二次小説で語られている。
藍湛好きな莫玄羽(笑)が出てくるのは、こちら。
さあ…。
もう二本、ずっと考え続けているヤツに移るとするか
( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
夷陵清談会はどうしたよってか