初出2022.11.9

何の設定もせぬまま…。

2022年に【真夏の怪談】としてお送りしてみた、『魔道祖師』の二次小説・「紅い狐・妖奇譚」

アメンバー記事にて、未完成のまま少しだけ続きを公開していたのだけれども…。

 

なんと今日、突然完成した

( ̄∇ ̄;)ハッハッハ

何かで読んだの

どんなに駄作でも書き上げることに

意義があると

 

実は最後のオチだけは最初から決まっていたので、そこに向けて考えてみた。

とりあえず、<前編>下矢印こちら下矢印

 

 

 

 

 

『紅い狐・妖奇譚』

<後編>

 

 

 月明りが差し込むその部屋には今、二人の青年が眠っていた。
 一人は白い衣をかっちりと身に纏い、仰向けの姿勢を崩さずにいる。
 そして、もう一人はと言えば……。
 床に衣を脱ぎ散らかし、生まれたままの状態で、白い衣の人物をうつ伏せの姿勢で押し潰していた。
「……毛布ぐらいかぶりなさいよ……」
「あらあら、お嬢様。そんなに凝視なさっては、目の毒でございますよ」
「こんなの旦那様のお世話で見慣れてるから、大丈夫よ」
 お嬢様と呼ばれた紫色の衣の少女は、全裸の男の白い尻に臆することもなく言い放つと、頬を膨らませ、重なって眠る二人の男を見下ろした。
「ねえ、どちらが旦那様のお好みだと思う?」
「あたくしは、黒……」
「あなたの好みは聞いてないの。旦那様の『こ・の・み』で答えて頂戴」
 口惜しげな表情で唇をかみしめながら、先ほどは女将として登場した年長の女は、白い衣の美しい青年、藍忘機を目で示した。
「……うん」
 納得したように紫の衣の少女が点頭する。
「じゃあ、運んでちょうだい」
「お嬢様。こちらの裸族はどのようにいたしましょうね」
「……ほっときましょ」
 紫の衣の少女のその言葉に、若干の未練を残しながら、女将は軽く両手を打った。
 


 ******
 


「足りないな……」
 月夜の草むらに胡坐をかいて、腕組みし、魏無羨は目の前に広げた自分の衣服をじーっと眺めていた。
 剪紙化身し、連れ去られていく藍忘機について行き、結界の場所を確認した後で戻って来たのはいいのだが……。
 いつのまにか建物は消え、草むらへと放り出されていた自分の身体に戻ってはみたものの、まず、手始めに身に着けるべき下着が見当たらない。
 幸いここは山の中であり、誰に見られる心配もないと全裸のまま、魏無羨は首を傾げていた。
「まさか、あの婆さん、下着泥棒なのか?」
 呟くと同時に、くしゃみを三度連発する。
 魏無羨はぶるっと体を震わせると、下着を諦め、中衣を羽織った。
「さて、と。藍湛を迎えに行くか」
 あの結界さえ抜けてしまえば、敵の本拠地はすぐ見つかるだろう。
 余計な詮索をされぬように全裸のままでいた甲斐があったというものだ。彼女たちは藍忘機の身の回りを確認することもなく、剪紙化身した魏無羨についに気づくことはなかった。


******


 一方、連れ去られた藍忘機は今、囚われの身としては意外なほどの厚待遇にて、柔らかな羽布団につつまれていた。どうやら、人さらいたちは、たいそう羽振りがよいらしい。
 もっとも……これが本物の銭で購入されたものなのか、はたまた木の葉のようなまやかしで支払われたものなのかは知るすべもなかったが。
 室内の壁も床も上級の木材が使われており、心地の良い自然の香りが漂っている。
 藍忘機は静かに起き上がり、羽布団から抜け出すと、壁際に立ち窓の木枠をそっと上げた。
 人さらいたちは、まさか自分たちの薬が効いていないとも思わず、油断しているのだろう。外に見張りは誰もいなかった。おそらく廊下があるのだろう戸口を振り返ると、そこにも人の気配はない。
 自分のみならば、容易に逃げられそうな環境だ。
 だがしかし、彼には行方知れずになった三人の男たちを捜しだすという使命があった――。
 ふと……。
 藍忘機の肩先の空気が動いた。
 何者かの白く繊細な指先が、彼の髪をかきあげている!
 振り返る間もなく、藍忘機の意識はそこで途切れた。


******


 結界。それは防犯の砦。
 紙の体となって藍忘機の体に貼りついてきたものの、先刻は力及ばず弾かれてしまった見えない壁の前に立ち、魏無羨は両手のひらでそれをぱんぱんと叩いた。
 ぷよぷよとした感覚が、肉体ではなく、感覚で伝わってくる。
 本来の身体に戻った今となっては、魔道の師祖たる彼にとって、このような結界の解呪など造作もないことだ。
 山の中に入り込んだ時は、うかつにも迷路に捕らわれてしまったが、人さらいたちの「匂い」はもう把握している。
「待ってろ、藍湛。今行くからな」
 手印を結び、口訣を唱えると、魏無羨は取り出した呪符に念を込め、見えない壁にそれを貼り付けた。


******


 衣擦れの音……。
 まだはっきりとは自分の感覚を認識できない状態で、藍忘機は自分の額から頬、首筋をなぞられているような感じがした。その指は顎先まで行くと再び額に戻り、額にかかる髪をよけ、そして頬を包む。
「完璧だ。美しすぎる」
 つぶやいたその声はまるで、遠い場所から聞こえてくるかのようだった。
「お気に召しました? 旦那様。ならもう、我がまま言わないで、これで我慢してくださいね」
「……おまえたちがあんなのばかり連れてくるから……」
「私たちの苦労を知りもしないで、美青年ばかりを求めないでください。こんな田舎に極上の白玉が転がってるわけないでしょう? おかげであんなことに……」
 言い終えぬうちに、紫色の衣の少女は、「旦那様」に睨まれて固まった。
「……はいはい。邪魔なんですね。行きますよ、行けばいいんでしょ。全くもう……」
 少女は頬を膨らませ、手を腰に当てると、ぷりぷりと怒りながら出て行った。
 部屋に残ったのは――二十代後半の男だった。
 燃えるような赤い髪はつやつやと輝き、紅い衣を着た広い背中に垂れている。整った顔をしているが、残念なことに不真面目そうに笑みを浮かべている瞳が、彼を軽薄そうに見せていた。
「お楽しみは、これからだよ。美人さん」
 藍忘機の首元まで掛けられていた布団がめくられた。
 そのまま襟元に手をかけると、赤毛の男は両手で優しく衣を押し広げる。
 感覚はあるのに、藍忘機は声を出せず、目を開けることもできなかった。どうやら、経絡を封じられているらしい。
 この男は、先ほど、何の気配も感じさせなかった。
 通常ならあり得ないことだった。
 赤毛の男は藍忘機の体を優しく抱き起すと、胸元から手を挿し入れて、素肌の背中に触れた。
 ふと、その手が止まる。
「へえ、すごい傷だね。こんなに綺麗な顔をしてるのに、結構苦労してるんだ」
 続けてはだけた胸元を見て、男はさらに首を傾げた。
「焼き印まで押されてるなんて、君は犯罪者か何かなのかな? だから、こんな片田舎に逃げて来たとか? でももう大丈夫。君は今日から――」
 赤毛の男の唇が藍忘機の首筋へと近づいた。


******


「嫌だ!」
 三人それぞれの男の声が重なった。
 目の前にいるのは、自由に動き回れる状態の、すこぶる顔つやのいい青年たちだ。魏無羨は呆気にとられて天を仰いだ。
「だから、なんでだよ。俺たちはあんたらを助けに来たんだぞ。藍湛なんて、あんな……あんな……」
 そこで魏無羨の声がぷるぷると震えた。
 あまりの記憶に耐えられなくなったのか、拳を握りしめ、目の前の男を蹴飛ばす。
「きゃんっ」
 魏無羨に蹴られた赤い衣の赤毛の男が一声、鳴き声をあげた。その両手両足は縛り上げられ、しっかりとさるぐつわまではめられている。そしてその脇には、すっかりうなだれた紫の衣の少女と旅籠のおかみが佇んでいた。
「とにかく、村のみんなはあんたたちを心配してるんだ。帰ってもらう」
「嫌だ! 俺たちは旦那様の傍にいる!」
「…………おい」
 訳がわからず、魏無羨は女性陣に視線を向けた。
「その人たちは旦那様のとりこなのよ。帰ってってお願いしても『嫌だ』の一点張り。お願いだから連れて帰ってちょうだい」
「そうなんですよ。本当に皆、旦那様と一度ヤッ……ぐっ……」
 紫色の衣の少女に脇腹を肘打ちされ、おかみは絶句した。
 これでは骨折り損のくたびれ儲けだ。
 腹の虫がおさまらず、もう一度赤毛を蹴ろうとしたところで、魏無羨の腕を藍忘機が優しく抑えた。
「止めるな、藍湛。こいつは、おまえを……おまえを……」
「……」
 藍忘機が黙って首を横に振る。
「ま、まさか、藍湛。おまえまで、この赤毛のとりこに……!?」
「それはない」
 そもそもとりこになるほどのナニモノも起きなかったのだ。
 間一髪で飛び込んできた魏無羨の陳情と鞘から飛び出した藍忘機の避塵が、前と後ろから同時に赤毛の男を殴りつけたのだから。帯剣をそのままにしていたことにも驚くが、彼らは決して根っからの悪者ではなかったようだ。
 ただの色好きと言った方がいいのかもしれない。
 一夜の相手として村から男を連れてきたのはいいものの、面食いの主人のお眼鏡にはとうていかなわず、しかし被害者たる男たちは逆に居座ってしまった……。

 わかってみれば、怪奇でもなんでもない。

 嫌がる男たちを無理矢理引き連れ、下山した二人は、今度はきちんとした街中の旅籠に腰を落ち着けていた。
「藍湛」
「何事」
「天地って広いよな……」
 彼らは南方での闘争に敗れ、流れ着いてきた妖狐の一族だったらしい。人里離れた山の中で、寂しさに耐えきれず、ちょっとした遊びのつもりだったのだと。
 この世の中にはまだまだ不思議が転がっている。
「ところで藍湛。今夜は変な『決まり事』もない。そろそろ俺は休……」
 その言葉の終わりを待たず、彼の唇は熱い熱に溶かされていった。


<終わり>


「……魏嬰……」
「何?」
「何故、下着を身につけておらぬのだ?」
「……そうだ、忘れてた! あの狐〇※▽」
 彼の下衣の行方は、誰も知らない。