こんにちは。

エンジェルフォレストのヒーラー、

葉月です。

 

 

「あなたのためを思って、言ってるのよ」

「甘やかしても、あなたのためにならないから」


こんな言葉を使ってくる人に
心をギュッとつかまれて、
苦しくなった経験はありませんか?


だけど断じて、
それは厳しさなんかではありません。


本当の厳しさって、
その奥には必ず、信頼と愛があります。


本物を知っている人だけが、
自分の生き様を通してにじませられる、
本質への気づき。


それこそが、本当の厳しさですから
「本物さ、本質に触れられた喜びや尊さ」
が、その言葉に触れたときに
必ず感じられると思います。

 

 




でも世の中には、ときどき、
自分のイライラや不安定さを
「厳しさ」だとすり替えてぶつけてくる人がいます。


感情のまま相手に怒鳴るとか、
理不尽なルールを一方的に押しつけたりし


「私が厳しいのは、あなたの成長のためなんだから」
という人、たまにいます。


こんなふうに
相手の正しさばかりが強調されて、


自分の違和感をいつも
「気のせい」や「甘え」で片付けられてしまったら
心も身体も、どんどん萎縮してしまいますよね。


「自分が悪いのかも」の前に
もし違和感を感じたなら、
それは無視しなくていい。


「あなたのため」って言葉に、
無理して自分をねじまげなくて大丈夫。


でもここでさらに構造として見てみると、


理不尽な要求やダメ出しばかりする人が
私たちの現実に現れているとき、


それは私たちの内側に
まだ統合されていない傷があることを
教えてくれているかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

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こんにちは。
エンジェルフォレストのヒーラー、
葉月です。

 

 

私は大正生まれの祖母と
生まれたときから一緒に暮らしていたのですが、


まあ〜この祖母がめちゃめちゃ厳しい人で。


その影響もあって
私の中にはずっと


「自分を厳しく律しなければならないのに
 できていない自分はダメだ」


という思いが
根深く残り続けていました。


しかし最近ふと
「自分を律することは大事で立派なこと」
という価値観が


いつの間にか自分の中から
きれいになくなっていることに気づいたのです。


セッションをしたり
講座を開催しているときも
深くコミットしていますが、


でもそれは、自分を律しているからではなくて
「どんな自分でありたいか?」
を常に自分に問いかけていて


自分の内面と
自分が外に出す言葉や行動が調和し、
整合しているのが心地よいと感じるから
そうしているって感じです。


律するんじゃなく、
その在り方を選ぶほうが
シンプルに、自分が幸福だからです。





「自分を律する」という思考を
よく見てみると、それはつまり


「私は、自分が心や体の望みに
 従おうとしてワガママしたら
 自分自身にペナルティを与えます」


という脅しを
絶えず自分に向けて発している状態では
ないでしょうか。


その根底には
「私は自分を律していないと
 怠惰でダメな人間になってしまう」
という怖れがあるように思います。


だから
「私は自分を厳しく律しています!」
という人は


時に、同じロジックで
他者を攻撃することになります。


「あの人はちゃんとやっていない」
「あれくらいで弱音を吐くなんて」


そうやって自分に向けていた刃が
外にも向かっていく構造です。


なりたい自分になるために
在りたい自分になるために
自分を律するというのは


実は、とても遠回りな道だったと
今では私は思っています。


それより
「どんな自分でありたいか」を問うならば
罰や脅しではなく
内側からの選択が生きるのです。


脅しで動かされた自分より
選んで動く自分の方が
きっと、ずっと遠くまで、行けるようです。

 

 

 

 

 

 

 

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こんにちは。

エンジェルフォレストのヒーラー、

葉月です。

 

 

なかなか悩みから抜け出せない、
変わりたくても変われない。


こういうときは
一見、同じように見える「苦しみ」や

「悩み」や「人生の課題」も


その人がどのような経験をしてきたのか、
それらがその人の「今」に
どんな影響を与えているのか、

 

その一人一人違っていることを
ていねいに見ていくことが必要です。
 

 

一人一人のユニークな「違い」に
寄り添って癒やしが起きないと
人は変化しづらいのです。





つまり、

 


「なかなか恋人ができない悩みは
 女性性を所有していないから!」


とか、


「毒親育ちの苦しみを癒やすには
 親と和解すれば良い!」


みたいに、あまりにも単純に
表層化している悩みや苦しみを
ラベル付けしてなんとかしようとしても、


苦しさの奥深くにある傷が
取り残されたままになってしまいます。


私たちは誰もがそれぞれ、
唯一無二のユニークな道を歩んで
今ここまでやってきました。


そのユニークさに寄り添い
解きほぐしながら癒やしと変化を
自発的に引き出すのが


スターライトヒーリング®
最も得意とするところです。
 

 

 

 

 

 

 

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こんにちは。
エンジェルフォレストのヒーラー、
葉月です。


さて、スターライトヒーリング・アカデミーを
12期続けてきて、最近ある気づきがありました。


それは、私自身が
アカデミーの価値を勘違いしていた、
ということです。


私は長い間、
アカデミーの一番の価値は
「ヒーリングのスキル」と
「気づきの深さ」だと思っていました。


20年以上かけて学んできたことを、
体系として整えて手渡す。


この濃さ、マニアックさ、変容の深さは
かなりスペシャルだと。


そしてそれが私の役割だと信じてきました。





でも、修了された方々から
お話を聞かせてもらうたびに、
ある共通したフレーズが返ってきます。


それは、


「スキルや知識はもちろん半端なかった。
 でもそれ以上に、場がよかった」


「あの時間、あの仲間や葉月さんとの繋がりが
 いちばんの宝物でした」


「毎月、あんなふうに
 安心して自分を出せる場があるありがたさが
 本当に大きかったです」


といったご感想の数々です。


正直、最初は意外でした。


でも考えてみれば、人や人生って、
どんなにたくさんの情報を受け取っても
それだけで変わることはありません。


だからこそ、
本を読んだり、YouTubeを見たりしただけでは
一時的な変化や小さな変容にとどまるのです。





「人は、人でしか変わらない」


っていう言葉を最近聞いて
「ああ、本当にそうだな」
と思いました。


何年も私たちの心に残るのは、
誰かと一緒に何かを体験した瞬間なんですよね。


知識だけなら本でも、YouTubeでも、
最近ではAIとの対話でも学べる時代です。


でも「場のエネルギー」だけは、
そこに集まった人と人の間にしか生まれません。


知識を伝えることは引き続き大切にしながら、
それ以上に、


自分の人生を取り戻していく
時間と空間を共に過ごせたらと
そう願っています。

 

 

 

 

 

 

 

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こんにちは。
エンジェルフォレストのヒーラー、
葉月です。

 


さて、かれこれもう18年以上
ヒーリングセッションをお仕事にしている私ですが、


どうしてここまで
続けてこられたかというと、


やっぱり、
昔、すごく「生きてない」って感じていた状態から


「いや、私がここにいるって奇跡だし、
 この世の誰もがここにいるって
 めっちゃすごいことじゃん」


という気づきに至って
身体も心も思考も、本当に楽になった、


そのきっかけをくれたのが
ヒーリングだったからなんですよね。





きっかけというか、
そういう生き方へシフトできた時に
私が使ったツールが「ヒーリング」だった
というわけです。


最初は心の底から怪しんでいて
「そんなあやふやなモンには絶対ハマらない❗」
と拒絶反応していた状態から


「え、ちょっと不思議だな(チラッ)」
という感覚になり、


「それ、できたらいいなあ(トゥンク…)」
になり、


「やってみよう!」
と、どっぷり浸かってみたら、


「これ、ずーっと前から
 私がやったり考えたり
 していたことだったわ」


っていう腑に落ち感に
戻って来たようにも感じています。





そもそも私たちって
私も含め、一人残らず
「思い込み」の中に生きていると言えます。


「人は誰もが自分の頭の中で一生を終える」


とも言えるかもしれません。


そうした私たちの「思い込み」に
カッチリと輪郭を与えているものの一つが


私たちの「名前」です。


ちょっと驚くかもしれませんね。


私たちは無意識に
「自分の名前=自分」
だと思っています。


どんな雑踏の中でも、誰かが
「○○さ〜ん」
とあなたの名前を呼んだら
必ず気づくことができるはずですし、


アンドリュー・カーネギーは幼少の頃、
飼っていたウサギの餌を集めるために


「餌を運んでくれたら、君の名前を
 ウサギにつけてあげる」
という約束を近所の子どもたちにして、


子どもたちは
自分の名前がついたウサギを可愛がり、
競って餌を運んできたというエピソードがあります。


逆に、自分の名前を間違って呼ばれたり、
変にもじってあだ名にされたりすると
多少なりともイヤな気持ちになりますよね。





こんなふうに
私たちのアイデンティティは
自分の名前と深く紐付いています。


だからこそ


スターライトヒーリングでは
「名前」だってヒーリングしちゃうのです。


なぜなら、
名前は確かに私たちを表すものですが、


私たちは「名前」を超えた存在だから。


私たちが無意識下で
いろいろと自分自身に与えている


「私はこういう人」


という輪郭は同時に、限界でもあるので
それをヒーリングによって
ゆるやかに溶かすことができるのです。


あなたは、
名前を持った一人の人間であると同時に


名前を持った一人の人間以上の存在です。


その「以上の部分」に触れていくことが
スターライトヒーリングの醍醐味です。


セッションについては
こちらをご覧ください。
 

 

 

 

 

 

 

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