ひとの一生を描いたエッセイですから、ある意味で一代記と呼べるかもしれません。でも、特定の個人の人生を追っているわけではなく、ありふれた人物像を想定して、ひとりの人の人生を旅にみたてて、精神科医の視点と経験のうえにたって綴っています。
著者はハンセン病施設で精神科医長を勤めた人物。人生について、病や死についても人一倍苛酷な状況にあった人たちと接した経験は、サイエンスを超えた部分で考えることは多かったことでしょう。
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こころの旅 / 神谷美恵子 (日本評論社)
1974年刊
お気にいりレベル★★★★☆
ブログの末尾に記した目次の章立てにあるように、人生を胎児の時代から死まで追っています。
幼い時期については他の時期に比べて科学的な表現が多く、フロイト、エリクソン、ピアージェの説を引きながら語っています。
それが、思春期にアイデンティティの確立を迎え、さらに歳を重ねて精神と肉体の充実する時期ズレを経験しながら、個人差が大きくなる時期になるにつれ、科学の匂いが薄れて人文的匂いが濃さを増します。
いまから50年ほど前に書かれたこともあり、今より家族像や男女像などにあるべき姿が固定されて多様性の受容に欠ける面があります。それを割り引いても、人に寄り添ってともに人生を歩んでいるかのような冷静な洞察と温かな眼差しには、特異な書き手としての心と才能を感じます。
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時間の概念に立ち入ると、人ひとりの人生の長さは小さく感じられがちです。この本の著者も時間自体をまずこんな風に捉えています。
それが、その少しあとに次のような一文が待ちかまえています。
別にあの世を語ることもなく、生きている間の人生観です。
どんな視点を持って自分の人生を歩んだりあるいは振り返ったりすれば、そんな境地にたてるか示しています。
著者自身晩年を迎えて、それまでに数々の人の死にも触れて、考え抜いてたどりついた境地でしょう。
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若い時分にこの本を一冊通して読んでも、老境の部分で実感がわかないかもしれません。
歳をたくさん重ねた後に初めて読んでも、すでに若い時分のやり直しはできません。
ふとした折にこの本をとり出して、自分の人生の経過に、あるいは子の成長に沿って、ページをめくって読み直すと、ふさわしい時機にふさわしい記述に再開しそうです。
[end]
◆目次
第1章 人生への出発
第2章 人間らしさの獲得
第3章 三つ子の魂
第4章 ホモ・ディスケンス
第5章 人間性の開花
第6章 人生本番への関所
第7章 はたらきざかり
第8章 人生の秋
第9章 病について
第10章 旅の終り
あとがき
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