[本] 境界が薄れていく / 地球にちりばめられて | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

 人のアイデンティティを#(ハッシュタグ)で表現するとしたら、どんなことがいくつ書かれるのでしょう。国籍、年齢、ジェンダー、職業、民族、人種といったあたりが、地球上の人々共通に使う#になるのかもしれません。

 この小説に登場する若者たちは、言葉を キー にしてそんな#をいとも簡単に無意味に思えるような振る舞いをみせてくれます。


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地球にちりばめられて / 多和田葉子 (講談社文庫)
2018年刊、2021年文庫化
お気にいりレベル★★★★☆

 Hirukoが留学している間に祖国が消失してしまいました。祖国の様子やそこに住んでいた家族たちの消息も不明です。彼女はパスポートが無効になり、国籍を失ったことになります。
 Hirukoは北欧を転々とするうちに、独自につくった人工言語〈パンスカ〉=汎スカンジナビア語(Pan-Scandinavian)で周りとコミュニケーションがとれるようになりました。

 デンマークの言語学科院生クヌートは、TVに生出演していたHirukoの話をきいて会いたくなります。局を介して電話で彼女と連絡をとって会えたばかりか、Hirukoが同じ母国語を話す人と会いにドイツで催されるウマミ(旨み)・フェスティバルに行くのに、同行することになりました。

 場面が切り替わるごとに、そこでおきるドラマを一人ずつ若者が語ります。


 それが、次から次へと人を巻き込みながら転々とする旅の始まりなろうとは、その時は二人も思いもしませんでした。

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 Hirukoは『古事記』で日本の国ができた時イザナミとイザナギの間に生まれた初めての神と同音の名前です(*1)。とてもローカルな名を持ちながら、話すのは人工言語〈パンスカ〉。〈パンスカ〉を母語とする人は存在しません。その言葉を母語とする人が話すのがその言葉の本物だとすると、母語としない人が話す言葉は模造ないしはコピーとなります。

*1: 同音の言葉や同義の言い換えがいたるところに登場して、読者を楽しませてくれます。

 ヨーロッパを舞台にしたこの小説では、デンマーク語、ドイツ語、フランス語、英語、日本語、マラーティー語(インドの言語)など様々な言語を母語とする人物が登場します。それを母語としない人は非母語の言葉と間に合わせの思考回路で会話に参加します。

 人間/ロボット、鮨、民族、親子関係、富士山 ジェンダー etc. この小説では、言語以外にもオリジナルと非オリジナルの関係の人物・事物が登場します。オリジナルと非オリジナルを対比して、どちらが勝るとも言えない価値観が醸し出されていきます。オリジナルが存在しているホームグラウンドから場所が変われば、価値を評する人達のひきずっている文化・個性など(これが#)が評価を変えるのです。


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 人々の固定化視点をあざ笑うように、流れ動くことを愉しむように、この小説に登場する若者たちが、無意識でとも言えそうに自然体で、いとも簡単にさまざまな境界を超えるようすを読み進むと、彼らの旅の続きが楽しみです。

 この小説は3部作の第1部に相当します。この先残る2作品『星に仄めかされて』『太陽諸島』を読むのが楽しみです。

 

 

 

 



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