[本] 未来から過去にできること / ダンデライオン | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

 もしあなたが11歳で、病室で目覚めたら大人になっていて、見知らぬ女性に連れ出され、大人になった現在に至る自分の未来の断片を語られたら・・・・・・。

 私だったら、これは夢だと思い込もうとしたでしょう。たとえ、どこかで夢ではないと覚悟ができても、とても大人に至る情報を冷静に聴けないと思います。

 この小説では、11歳の少年が自分が置かれた状況に混乱しながらも、どうにか情報をきちんと聴こうとします。
 そんな少年の態度が自然な努力と思える、恋人と名乗る小春と彼女の予め少年の混乱を十分に理解している語り口が、読み手の私にストーリーを受け入れる手助けをしてくれました。

 でも、この小説で作者が問おうとしているのは、時間を行き来する仕掛けの緻密さでありません。知っている未来の断片と知らない未来の行方の双方を示して、それに向き合う男女の若者の悩みと決断です。


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 下野 かばた 蓮司の11歳のある日と31歳のある日が、頭に衝撃を受けて何時間分か入れ替わり、行き来します。31歳の蓮司は、入れ替わって戸惑う11歳の自分宛にテープでメッセージを残しました。

「少年時代の一日を借りて、僕にはやりたいことがある。」

 

ダンデライオン / 中田永一 (小学館文庫)
2018年刊、2021年文庫化
お気にいりレベル★★★☆☆

 31歳の蓮司は11歳の自分の身体に入れ替わる一日を利用して、小春が巻き込まれた事件を食い止めようと、それができなくても真相を知ろうとします。

 悲惨とはいえ過去の事件を現在までにいたる歴史が変わるほど簡単に変えるような、安易な小説の作りをするような作者ではありません。1999年4月25日と2019年10月21日とを交互に描いてストーリーを織り上げます。
乙一のペンネームで書いた作品同様、事実を緻密に組み上げてストーリーを展開し、人の気持ちの繊細な部分を描きだしてくれます。


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 蓮司と小春は恋人同士です。2011年に再会して以降、1999年4月25日の出来事と2019年10月21日までの未来の一部を蓮司は小春に予め話しています。

 断片的とはいえ、二人の将来を知ったカップルは互いに微妙な気遣いを見せてきました。知らない方がいい未来は伝えないのです。予め恋人になることを知っている二人の愛情は本物と言えるのか、口に出さないまでも蓮司と小春はそれぞれどこかで懸念しています。

 蓮司と小春が予め知っている未来は2019年10月21日までです。そこで待ち構えている何も知らない未来を迎える二人はそれまでより勇気が要ります。


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 11歳の蓮司と31歳の蓮司との間の橋渡しをしているのが恋人の小春です。
 小説の構造上でも必要不可欠な役どころですが、それを逆手にとって、ふつうではありえない役どことならではの使命感と悩みと不安が控えめながら効果的なスパイス、そう、隠し味とでもいったらいいでしょうか、になっています。



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