[本] 小物が伝える価値観 / 赤いモレスキンの女 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

ふとした拍子に見つけた落とし物や忘れ物には、人を惹きつける不思議な力があります。
別に財布の中身を期待してのことではありません。
それが一本の傘であろうと、財布や封筒であろうと、落とし物が、他人に見られることを想定されていない持ち主の個人生活をはらんでいるからではないでしょうか。

それが婦人用のバッグで、拾い主が男性であったら、その瞬間から種がまかれたようなものです。もちろん、それが犯罪か恋愛かどちらの種であるにしろ、芽吹くことなどめったにありません。
警察や駅の遺失物窓口に届けれるか、放置さえてゴミとなるだけですから。

持ち主にしてみれば、手元に返ってくることなど期待していないでしょうし、かりにそれらのどれでもなく、落とし物が拾い主の手元にあったと知ったら、どう思うでしょう。なぜ届けられないのか、気味が悪くて犯罪の芽吹きを感じるかもしれません。


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私の大好きな小説「ミッテランの帽子」の作者が、現代のパリを舞台に映画のように男女の出会いを描いてくれました。「ミッテランの帽子」では忘れ物が名脇役でしたが、本作では落とし者です。

赤いモレスキンの女 / アンントワーヌ・ローラン著、吉田洋之訳
2014年原書刊、2020年和訳刊
お気にいりレベル★★★★☆

高所得を棒に振りパリで書店をひらいているローランは、朝の散歩がてら行きつけのカフェに向かう途中、ゴミ箱の上に置かれた紫のハンドバッグを見つけます。警察に届けたのですが、「市民として模範的な行為」と警官に称賛されたにもかかわらず、ひょんないきさつでバッグを持ち帰ることになってしまいます。こうした行き違いに不吉な匂いがたちはじめます。

ひとり暮らしの部屋で中味をあらためると、女性の香水、鍵束、化粧品を入れたポーチ、ライター、レシピの切り抜きなどとともに、モレスキンの赤い手帳とパトリック・モディアノ(2014年ノーベル賞受賞)の小説『夜半の事故』(Accident Nocturne、2003年)。持ち主の身元を示すものはありません。
手帳には数十ページにわたり、短く思いが書き連ねられていました。
ローランは自分で持ち主を探しはじめます。

他方で、バッグの持ち主ロールがバッグを失ったいきさつが読者には紹介され、その晩以降、思いがけない窮地に立たされていることがわかります。

書店主ローランとバッグの持ち主ロールの二人が、この小説の作者が小説の最後に置いた小粋な一文に読者がたどりつくまで、それぞれがどのような気持ちで、それぞれの不安定な日々をしのいでいくのでしょう。


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出会うはずのない二人を出会わせるために、個性あふれる登場人物たちがいい役割を演じます。
離婚した妻と暮らすローランの娘で女子高生のクロエ、ローランの親友ながら素行に問題があるパスカル、ロールの仕事仲間のウィリアム、ロールの愛猫の黒猫ベルフェゴール、そして文豪パトリック・モディアノ。

名演する小物部門では、紫のバッグと赤い手帳のほか、本『夜半の事故』、ロールの部屋にある写真家ソフィ・カルの作品『ヴェネツィア組曲』、ヘアピン、サイコロ etc. まだあるのですがこれから読む方の楽しみを奪うことになるので言えません。


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モレスキンの赤い手帳に、ロールの好きなものや嫌いなものなどがたくさん書き連ねられています。

ローランの好きなもの、嫌いなもの、尊敬するものなどを、この小説を読みすすめながら書きとめていくと、ローランのとる行動の根拠のようなものが浮かびあがります。書き留めないまでも、意識して読むと、ローランとロール二人の大切にしていることや、受け入れてられるものとそうでないものとの境界が、さりげなくこの小説のストーリーにしっかりした必然性をもたらしています。

大人の小説はこうでなくちゃ。



[end]

男はバッグの落とし主に恋をした。手がかりは赤い手帳とモディアノのサイン本。パリの書店主ローランが道端で女物のバッグを拾った。中身はパトリック・モディアノのサイン本と香水瓶、クリーニング屋の伝票と、文章が綴られた赤い手帳。バツイチ男のローランは女が書き綴った魅惑的な世界に魅せられ、わずかな手がかりを頼りに落とし主を探し始める。

書店主ローランは町のゴミ箱の蓋の上にハンドバッグがあるのを発見する。どうやら泥棒が金目のものを盗んで放置したらしい。もちろん警察に届けに行った。しかしなんやかんやでバッグは引き続き書店主の元に。
自宅で調べてみると、中には香水だのヘアピンだの解熱鎮痛剤だの雑誌の切り抜きだのリップクリームだの女性にありがちなこまごましたものにまじり、赤いモレスキン社の手帳と、彼が敬愛する作家パトリック・モディアノのサイン本



 

 

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