[本] 旅はきっかけ / 思索紀行 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

今年亡くなった、好奇心の塊のジャーナリスト立花隆の旅と思索の本です。
序章に「旅行を契機として、いろいろ考えごとをした記録」といっている通り、ただの旅先での記録というより旅の道中や終着後に考えたことが書いてあるといった方がわかりやすいでしょう。

1960年19歳の時のヨーロッパへの無謀な渡航から、2001年のAIDSが流行するNY社会を取材する旅まで40年間に訪れた土地と出会った人と思索がつまっています。
それは、この本に収められている旅の多くが仕事の依頼による旅であることにより、旅のテーマが明らかになっている場合が多い面もあります。
ただ、仕事の取材という面ばかりでなく、いつも「ここではないどこか」へ行き、「昨日のようではない明日」に出会うことを夢見る筆者は旅好きを自認しています。学生時代から40代で結婚するまで、2年以上同じ所に住んだことがないほど腰の落ち着かない生活をしたそうです。


   ◆      ◆      ◆
 

 

 

 


思索紀行(上)(下) --ぼくはこんな旅をしてきた / 立花隆 (ちくま文庫) 2004年刊、2020年文庫化
お気にいりレベル★★★★☆

こんな目次構成です。
今ならバラエティ番組の企画のような無人島生活(上-第1章)やグルメ取材の旅(上-第3章)などが混じる上巻は割合気楽に読めます。
上巻では、第8章が気に入りました。外貨の入手もパスポート取得も難しい時代に行動力と幸運を見せた若者らしい無謀な旅です。

下巻第の「パレスチナ報告」と「自爆テロの研究」は、中東問題の理解が今ひとつの私には、問題認識の整理にとても役立ちました。
差別とAIDSを扱った末尾のニューヨークにまつわる2章は、今でも変わらない部分がありそうな、現地での具体例と実感にあふれるレポートでした。

特に下巻の2章では、歴史の流れ、現代社会の問題、個人レベルの問題や思い、数値データによる検証など、巨視的視点と微視的視点を行き来しながら事実と推定を注意深く結びつけながら論理の網を編む文章の邁進力はさすがです。

◆上巻目次
序論 世界の認識は「旅」から始まる
Ⅰ 無人島の思索
 第1章 無人島生活六日間 (1982年)
 第2章 モンゴル「皆既日食」体験 (1997年)
Ⅱ 「ガルガンチュア風」暴飲暴食の旅
第3章 「ガルガンチュア風」暴飲暴食の旅 (1984年)
 第4章 フランスの岩盤深きところより (1987年)
 第5章 ヨーロッパ・チーズの旅 (1985年)
Ⅲ キリスト教芸術への旅
 第6章 神のための音楽 (1982年)
 第7章 神の王国イグアス紀行 (1986年)
Ⅳ ヨーロッパ反核無銭旅行
 第8章 ヨーロッパ反核無銭旅行 (1960年)
◆下巻目次
g Ⅰ パレスチナ報告
 第1章 パレスチナ報告 (1972年、1974年)
 第2章 独占スクープ・テルアビブ事件 (1972年)
 第3章 アメリカの世論を変えたパレスチナ報道 (1988年)
 第4章 自爆テロの研究 (2001年)
Ⅱ ニューヨーク研究
 第5章 ニューヨーク'81 (1981年)
 第6章 AIDSの荒野を行く (1987年)


   ◆      ◆      ◆

こう書いてくると、合理性を詰めた論理で旅を塗り固めたような誤った印象を与えてしまったかもしれません。

教会でふと流れてきたパイプオルガンのバッハのフーガにただ涙したり、
巨大な教会に人間の卑小さと神の聖性を感じたり、
エイズ患者の葬儀を多く受け入れていた葬儀社での遺族の情景を説明をつけずに描写したり、
人間臭い人柄が随所にみられます。


   ◆      ◆      ◆

いまの時代にこの紀行文、特に下巻を読んであらためて感じたのは、 同じ価値観や利害関係を持った仲間をより厳しい基準で選ぶ行動は、強い仲間意識の醸成につながると同時に、それ以外の人々を強く排除する、あるいは無視する姿勢につながるということです。

世界の国々で、そして日本でも起きつつある分断の源はここにあるように思えます。
対峙する勢力と互いに、より広く受け入れられる寛容な社会をつくろうとするならば、相手の憎しみが何かを知ることも出発点のひとつです。



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