私が洋楽の入口に立ったのは中学生の時。
小さなトランジスタ・ラジオで局を変える度にアンテナの向きを探り雑音が
すでにザ・ビートルズはステージは立たず、伝説化への道を歩んでいました。
ビートルズのアルバムの中で「ラバー・ソウル」「リボルバー」「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」は今でも私のお気に入りです。
一方、ビートルズが出てきた頃、アメリカでは「ザ・ビーチ・ボーイズ」が、「サーフィンUSA」「サーファー・ガール」など、カリフォルニアの太陽・海・砂浜(加えて個人的はビキニ姿)、ホットロッドを想像させるハーモニー・サウンド・歌詞で人気を博していました。
私は、このバンドをあまり聴いてきませんでした。
私が洋楽に興味を持ったころにはすでに峠を越えていたことに加え、その健康的でメジャーな印象がうだつのあがらない日本の中学生にはまぶしすぎました。
◆ ◆ ◆
村上春樹が翻訳した新潮クレストブックに、ザ・ビーチ・ボーイズのアルバム「ペット・サウンズ」を書いたものがあったので、図書館で借りてきました。
ページを開く前に、「ペット・サウンズ」を聴いて、ザ・ビーチ・ボーイズの印象を新たにしました。
歌声やサウンド・和音も複雑でどこか響きが切ないのです。
アルバムを通して聴いて、ザ・ビートルズの「サージェント・ペパーズ・・・・」やクイーンの「オペラ座の夜」を彷彿としました。(この二枚より「ペット・サウンズ」の方が前に作られています)
この本のプロローグで著者が12歳の時に初めて聴いた「ペット・サウンズ」を「僕の命綱」とまで言いきる魅力と関連性を知ろうと読んでいきました。
ペット・サウンズ / ジム フジーリ著、村上春樹訳
2008年刊、2011年文庫化
お気にいりレベル★★★☆☆
著者は、プロローグで「ペット・サウンズ」をこう表現しています。
読み手としてこの本を読み進んだ結果、この言葉が、このアルバムが作成された過程をたどり、ザ・ビーチ・ボーイズのメンバー、ブライアン・ウィルソンの孤立とこのアルバムの創作過程や着想の背景を知りました。
多少後づけして言葉にした部分があるとしても、12歳の時に「ペット・サウンズ」を聴いて、著者は直感的に共感したのでしょう。
ブライアンも著者も家庭で鬱屈として時間をおくっていました。家から出ることができない年齢で、そこから逃れる先を必要としていました。ブライアンは作り手・演じて手として音楽に、著者は聴き手として音楽に。ブライアンの音楽に著者は自分の気持ちを重ねて、長年アルバムに耳を傾けてきたことがうかがわれます。
◆ ◆ ◆
ヒット・チャート駆けのぼっていたザ・ビーチ・ボーイズの中で、ブライアンは一人、違和感を感じていたほうです
コンサート・ツアーからも一人離れることもありました。
そんな時期に、彼はザ・ビートルズの「ラバー・ソウル」を聴いて衝撃を受けたそうです。
その刺激の内容は読んでいただくとして、彼は一人で「ペット・サウンズ」作りに励みます。
その意図や試みは、レコード会社にもメンバーにもすんなりとは受け入れられません。
メンバーは、ブライアンから説明を受けても、彼が何をしようとしているのか見当がつかない状況だったとか。
いまでこそ、名作とされる「ペット・サウンズ」も、売上は彼らの他のアルバムほどではありませんでした。
また、「ペット・サウンズ」のテスト版を入手して聴いた、イギリスのレコード会社やビートルズのメンバーの反応とその結果を初めて知り、そうだったのかと合点がいきました。
◆ ◆ ◆
そんな過程をたどるうち、著者の手によりブライアン・ウィルソンの私生活と歌詞を時の流れをともに合わせる検証作業を通して、一般に理解する恋愛の一シーンも異なったニュアンスの苦みが加わることが、読み手にも伝わってきます。
丁寧な検証と説明を可能にしたのは、著者ジム・フジーリが少年の時に出会い、「僕の命綱」とまで共感した作品の力と少年の渇望です。
それがジム少年が大人になっても、色あせるどころか丁寧に時の流れに沿って、グループの動向、ブライアンの私生活、アルバムと曲の作成・発売、グループが分散してソロとなったブライアンの音楽、ミュージシャン仲間での評価などをたどって感じ取った著者の情熱はうらやましいほどです。
人生を左右するほどの音楽に出会える幸せが凝縮した一冊です。
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