[本] それでも時は流れ続ける / 闇の中の男 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

2001年9月11日に同時多発テロで約3,000人の犠牲者をだし、2003年にはイラク戦争が始まり5,000人近い戦死者のうち4,000人以上がアメリカ軍でした。 
どちらも宣戦布告がないものの戦争と受け取る人も多いできごとです。

この本は2008年にアメリカで刊行されました。
この小説の主人公の男は1935年生まれ、72歳。朝鮮戦争に往くには早すぎ、ベトナム戦争には遅すぎた時代です。
経験した大きな暴力行為といえば、1967年夏のアフリカ系アメリカ人が多くすむニューアークで起きた人種差別抗議に端を発した暴動にたまたま居合わせたことくらいです。

戦争や暴力が影を落とす闇が、少し変わった趣向でこの主人公やその周りの人々を通して描かれています。


   ◆      ◆      ◆

 

 

闇の中の男 (Man in the Dark) / ポール・オースター著 柴田元幸訳
2008年原書刊、2014年和訳刊
お気にいりレベル★★★★☆

主人公の男「私」は元書評家。この小説の中でかなり物語が進むまで名が明かされません。作者のその意図をあれこれ想像するのも楽しみのひとつです。
彼は交通事故で足が不自由です。妻を病で亡くし、1年ほど前から作家で47歳の娘ミリアムの家に移り、と映画学校をドロップアウトした23歳の孫娘カーチャと3人で暮らしています。それぞれが事情あって独り身となった3人が身を寄せ合って生きています。

「私」は眠れない夜に自分に向けて物語を創作しています。その作中作品として自分が作った物語が「私」自身に問いかけます。
舞台は9.11もイラク戦争もないアメリカです。
主人公の手品師オーエン・ブリックは、突然、ニューヨーク州を含む16州が合衆国から独立しようと内戦を繰り広げているパラレルワールに移動します。
そこで、彼はその内戦を終わらせるためにある一人の人物を暗殺する任務を言い渡されます。その任務を果たさないことには、元いた現実の世界に戻ることができませんn。なのに、オーエンはその任務になかなか着手しません。


   ◆      ◆      ◆

「私」はフランス人の妻ソーニァと結婚して18年後、若い女性の下に走り離婚。数年後、孫娘カーチャの誕生をきっかけに復縁した過去があります。
孫娘カーチャの夫タイタスは兵士でもないのに戦争中のイラクで惨い亡くなり方をしました。カーチャは夫の死について自責の念を抱いています。

ある晩、「私」もカーチャも寝付けず、二人は語り明かしました。カーチャの問いに応えるかたちで、ファミリーの歴史を語ります。
「私」の視点から語るエピソードにカーチャが自分の考えを語り、それぞれの闇が明らかになります。同時に二人のそれぞれの視点が異なる角度から光も当てます。


   ◆      ◆      ◆

「私」は妻ソーニャを病で亡くし、娘ミリアムは夫を若いうちに亡くし、孫娘カーチャも夫を思わぬ失い方をし、3人がそれぞれ大切な人を喪っています。
各々の喪った人への思いと遺った自分の在り方を問いながら、それぞれの闇を持ちつつ生きています。
作中で創作される物語でも、ある人物が命を失います。
「私」とカーチャは、二人でビデオで観た小津安二郎監督の「東京物語」でも、終盤の老母の逝去後の残された老父、二人の息子、一人の娘、戦死した息子の嫁がそれぞれの生活への戻り方について語り会います。

戦争は、兵士ばかりでなく、戦場に赴いた人以外の残された人も傷つけます。
死はある人の人生の終わりです。それはさまざまな影を落とすとともに、何かの始まりでもあります。

それが、すぐに方向が見定められるものか、方向に迷うものか、決まった形などないのでしょうが、死の有無に関わらず流れる時とともにとにかく変っていくのだと感じさせられました。
ラストシーンで「私」と娘ミリアムが話題する詩の一節は、それぞれの闇を乗り越えていく手がかりでしょう。



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