タイトルにある「炉」の文字から囲炉裏や暖炉にくべられた
「風おと」と組み合わせられて、自然に囲まれた家で明かりを抑えた「炉辺」で独りで静かな時間に身をおくようすが思い浮かびました。
作家梨木香歩が手に入れた中古の八ヶ岳の山小屋での暮らしをつづるエッセイです。
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炉辺の風おと / 梨木 香歩 (毎日新聞出版)
2020年刊
お気にいりレベル★★★☆☆
家には場所の選択から調度品や日用品の選択まで住む人の個性が出ます。注文住宅ならなおさらです。
著者はライフラインが確保された八ヶ岳で自然環境になじんだ住み方を促す管理会社による別荘地を選択。そこで前オーナーの人柄が偲ばれる気持ちのいい簡素さと温もりを感じる中古の山小屋を選びました。
このエッセイは、こんな言葉でまとめられた章で始まります。
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若い時分、英国で下宿していた家の主人の老女と暖炉の思い出。
ハリエンジュ、シロバナエンレイソウといった植物の名をたくさん挙げながら季節の訪れを書き、コガラ、ハイタカ、エナガ、リス、シカなどの鳥や小動物の様子を引いて森の営みを紹介しています。
雨風や気温の変化といった気候との格闘。
冷静な視線は、著者が山小屋と庭に手を入れるのを抑え、入れる時も自然を知るプロにより最大限の配慮がほどこされる様は、観光とは別の暮らしにおける自然と人間との距離感を考えさせられました。
こうした八ヶ岳の暮らしだけでなく、家の作りと住人の個性、長く使われてきた言葉の力、幅広く父親の闘病と介護と時間、沖縄、民主主義、環境といったテーマでも書いています。
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やはり読んで心にとまるのは火にまつわるテーマのエッセイです。
若い時分、英国で下宿していた家の主人の老女と暖炉の思い出、煙突掃除を書いたアイルランドの小説、八ヶ岳で8月に焚いたストーブ、増築した小屋に
これはその大きな暖炉を作った人の言葉です。
著者は、その言葉どおり時間をかけてほぼ半日がかりで、この暖炉の炎をつないで部屋の壁や空気を温めていきます。
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時間を分母にして考えると非効率極まりありません。
著者は山小屋で仕事をすることはもちろんです。そこでは期限のある仕事もあるでしょう。
しかも、そこににずっといるわけではありません。東京での仕事やそれに伴う車での行き来にも時間を割かねばなりません。、
でも、この八ヶ岳の山小屋では、自然に囲まれる時間を分子とし、短く刻んだ時間を分母としない暮らしが織り込まれています。
自分の最重要事項を分子に据え、人生をスパンとする分母で時間の流れの中にいるなんて、なんと贅沢な暮らしなんでしょう。
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