[本] 伝えるってこういうことなんだ / 旅のラゴス | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

文庫本で250ページの分量は、近ごろでは長編としては短めな方と言えます。
そこに、盛沢山な内容を詰めこんだにもかかわらず、焦点を保ちつつSF、文明批評、恋愛、冒険、学問体系史など多面的な楽しみ方を散漫にならずに提供してくれました。

優れた書き手の構想力・構成力・文章力はこんなにコンパクトで濃密な作品を産むのですね。


   ◆      ◆      ◆

 

旅のラゴス / 筒井康隆 (新潮文庫)
1986年刊(徳間書店)、1994年文庫化(新潮文庫)
お気にいりレベル★★★★★

主人公ラゴスは、一生といっていい年月をかけて南北を行き来する旅人です。
舞台は、中世以前の文明の水準の架空の国々です。
その代わり、人々はちょっとした瞬間移動、読心術、予知夢、超記憶力といったの超能力を持っている人がいます。あくまでも「ちょっとした」ですが。

でも、読み進むにつれ、時間軸でいえば、これは過去の架空の場所ではなく未来であることがわかってきます。
どうやら人類は現在からさらにかなり発展させた文明を失ったようです。しかも、それからだいぶ月日が経っています。

「もっと南へ、ひとりで旅を続けなければならない」(略)「旅をすることがおれの人生にあたえられた役目なんだ。それを抛棄することはできないんだよ」

そんな地上をラゴスはある使命を感じて旅を続けます。

   ◆      ◆      ◆

何等かの事情で居住地を捨て、限られたほんの少数の人類がこの地に到着したと伝えられています。到着当社はそれまで謳歌していた文明を維持できたものの、大した世代を経ずに技術・知識を維持・伝承できずに原始的な暮らしに戻り、ようやくここまで発展しなおしたのです。

そうわかってくると、ラゴスの旅の使命も、人類の復興を期したものではないか、と読み手として期待が募りました。


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ちょっとした超能力も、古代には人類が持っていたものを科学文明の発展とともに能力が風化したものが、科学文明を失って遺伝子内で眠っていた能力の一部が表面化してきた、つまり新たに得たのではなく取り戻したものと思えてきます。
これって、超能力に限らず、食べ物を育てる力、それどころか採取して食べる力、暑さ・寒さをしのぐ知恵といった、生き残るための基本能力にも言えることと考えると、背筋に寒気がのぼりました。

知恵の継承だって、電子メディアや近ごろは悪者扱いされる印刷物や写本のための、電子部品・電力や紙を生産できなければ使われず、読み書きは特殊能力になっていきますね。

知恵や技術の蓄積・共有のありがたみを、あちらこちらであらためて考えさせられます。それを教訓めいた言葉で伝えるのではなく、それらを失った場面を知るところから読み手が考えることにより実感してくことができます。

旅の途中では、ラゴスが奴隷にされるといった武力や暴力に屈する場面もあり、異性を争う嫉妬、地位を巡る競い合い、など現代にも通じる社会の力学がリアルに描かれています。
さらに、ラゴスという一人の男の中に生き続ける愛情を知るにつけ、人ってすてたもんじゃないとも思うわけです。




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