知り合いと不意にしぶりに顔を合わせ、それもオジサン同士で、別れしなに「じゃぁ、こんどメシでも」と言ったり言われたりしたら、これは実現されない未来です。社交辞令というわけです。
「いつか***したいと思う」という言い回しも、その「いつか」が特定されていないぶん、実現の確率に怪しさがともないます。
そんな中「いつか」を使う表現でもで必ず実現するのが「人はいつか死ぬ」ということ。私もいつか死を迎えます。
でもそれがいつか特定されていないので、幸い健康に大きな支障もない今は、死を迎える実感を持でないでいます。
それでも50代に入って折り返し点を過ぎたという思いから、人生の終点に近づいている実感がいくらか出てきました。
さらに60代になり、それなりに健康を維持できていても、いつ突然終点を迎えても不思議はない、と思うようになりました。カウントダウンしている実感はあっても、今いどの数字を数えているのかわからないからでしょうか。
だからといって、これからの日々をどう暮らすか特段に密度を高めるような軌道修正はしていません。
おそらく余命宣告をされて初めて、真剣に考えるのかもしれません。
そんな猶予もなく突然終止符が打たれるかもしれない確率があっても。
◆ ◆ ◆
この小説の主人公海野雫は33歳で、終の棲家に瀬戸内の島で暮らすという選択をしました。
ライオンのおやつ / 小川糸 (ポプラ社)
2019年刊
お気にいりレベル★★★☆☆
雫は幼い時分に交通事故で両親を亡くし、母と双子の叔父に育てられました。
叔父の結婚以降、雫は一人暮らしをしてきました。
でも、自然と「父」と呼んでいた育ての親の叔父にも告げずに、この瀬戸内海の島にあるホスピス「ライオンの家」で暮らすことを選択することになりました。
「ライオンの家」では、毎週日曜日午後3時からおやつの時間があります。入居者のリクエストに応えて毎回ひとつ、思い出のおやつを再現してくれます。
限りある時間の中で自分のおやつが取り上げられる保証はありません。
雫の入居後のエピソードやおやつの時間のリクエストの手紙を通じて、入居者の人生はその時の気持ちが、冷静に取りあげた現実をあたたかな文章で描かれています。
◆ ◆ ◆
これは、ライオンの家を営むマドンナと呼ばれる女性が雫を迎えたときに伝えた言葉です。
カウントダウンの数字を告げられた後にこうした言葉をかけられたからといって、そのように暮らしていけるかは人それぞれです。
数えている数字によっても変わってくるかもしれません。
実際に告げられた本人や、そうした経験のある人が身近にいたら、そんなに簡単なものではないと感じる人も多いでしょう。
いざ、私も告げられたら、どんな思いにとらわれるのか見当がつきません。
それでも、この小説に描かれている、できることが減る衰えていく現実、過去のプライドとの葛藤、すべてが選択となる状況といったことに、いつか自分にも訪れるかもしれないこととして向かい合う機会を与えてもらいました。
◆ ◆ ◆
いざ、カウントダウンの数字を知らされて、自分がどんな風にそれからの時を過ごすのか、その時にならないとわからないにもかかわらず、冷静なうちにこの小説を通じて知ったり考え始めたりしたことが、その時にプラスにはたらいて欲しいと期待しています。
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