[本] 誤解の解き方 / サンセット・パーク | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

 

 

しばらくの間、殻に閉じこもってみようか、と思うことが最近ときどきあります。
これからどんな暮らし方をしていくのかじっくり考えてみようかと。

でも、殻にこもると、家族を含めて周りからは私が何を考えているかわかりづらい状態になり、不自然な気遣いや誤解を生みそうです。

この小説の主人公マイルズ・ヘラーも前途有望な青年であったにも関わらず、あることをきっかけに家を出て音信普通になります。
閉じこもるのと逆の行動ですが、他の人との意思疎通を断つという意味では、マイルズ流の殻へのこもり方です。


   ◆      ◆      ◆
 

 

サンセット・パーク

 

サンセット・パーク / ポール・オースター著、柴田元幸訳 (新潮社)
原書2010年刊、和訳2020年刊
お気にいりレベル★★★★☆

舞台は2008年。リーマンショック直後の不況の真っ只中のアメリカです。
マイルズ・ヘラー28歳。アメリカのフロリダでローンを返せず差し押さえられた住宅に残された調度品や日用品の撤去を仕事にしています。
キューバ系の高校生の恋人の姉に脅され、生まれ育ったニューヨークにバスで戻りました。

両親との確執から実家には戻らず(7年間連絡していない)、唯一の友人で、<壊れた物たちの病院>(姿を消しつつある物の修理屋)を営むビング・ネイサンが不法占拠し、2人の女性とシェアしているブルックリンのサンセット・パークの霊園の向かいにある空き家に転がり込みます。
二人の女性同居人のうち一人は、ビングの友人で不動産仲介会社に勤めるエレン・ブライス。
もう一人は、コロンビア大学の大学院で第二次大戦直後のアメリカを題材にした論文を執筆中のアリス・バーグストロム。

不法占拠がいつかバレるとどこかで恐れながら、今をしのぐためにサンセット・パークに住んでいます。


   ◆      ◆      ◆

サンセット・パークに住む4人の群像と、マイルズの離婚した両親それぞれの夫婦の群像が描かれます。

マイルズの実母メアリ=リーは彼を産んで半年で家を出て、女優として成功しています。
彼の実父は、良心的な文学作品を扱う出版会社の創立者。
優秀で成績もよかったマイルズは義理の兄の死に関わったことをきっかけに殻に閉じこもり、あることをきっかけに家を出て、職も住居も広範囲に点々としていました。

久しく会っていない家族の視点から描かれるマイルズと、初対面で一つ屋根の下に同居する二人の視点から描かれるマイルズ。
このふたつの群像が交錯します。


   ◆      ◆      ◆
 

マイルズは戦争に行ってきたのだ。

アリスのマイルズ評です。
彼が負っている内なる傷が、彼を無口で、同世代とも距離を置き、自分のことは何も語らず、世間話もしない、閉ざされたマイルスにしていると考えたのです。

同居人たちも、両親たちも、マイルスが何らかの傷を負っていることから、姿を消したり、何も語らなかったりしていると感じています。
周りも、本人も、真剣にそれを考え、何とかしたいと考えながらも、本人と音信が不通で語り会うことがないために、善意でも勝手な推測で誤解やすれ違いが生じています。
実父、義母、実母であっても、長年の空白の後、マイルズと連絡がとれるようになっても、それぞれが想像する彼の傷を思いやり、誤解やすれ違いは消えません。


   ◆      ◆      ◆

不況下であがく若者たち、経済的にどうにかなっていても、重要な精神的なひっかかりを持ったまま人生を送る大人たち。
偶然から生じた出来事も、人の気持ちのありようを大きく左右するほどとなると、運命とも呼べそうです。
この小説を読み進めるうち、ただ運命と思えることにも身を任せるだけでなく、何かをきっかけにいい方に乗る流れを選ぶことができると思えてきます。
マイルズが人生の流れを変える動きをしようと考えるようになったのも、フロリダに待たせてある飛びきり優秀なキューバ系高校生(!!)の恋人の存在です。

そして絶えず、不況下の冷徹な現実が、冒頭から最後まで忘れ去られることなく描かれていることが、とてもリアルです。
リーマンショック直後に原書が出され、10年経ったコロナ禍のいま、和訳が出たのも偶然とはいえいいタイミングです。


   ◆      ◆      ◆

この小説の中で何度か引き合いに出される映画があります。「我等の生涯の最良の年」です。
第二次大戦直後の1946年に発表されました、
出自の異なる元兵士3人が同じ町に復員した時の、本人たちと迎える家族や婚約者たちの戸惑いが描かれています。

さきほど引用したアリスのマイルズに対する印象も、この映画の存在が背景にあります。

 

 

お気にいりレベル★★★☆☆

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